第252話 嘘を吐け

 月面車整備棟で人類と装甲機兵の攻防が続いている。

 このドックは非戦闘員を擁すA棟に直結しているため、サウロイドとしては何としてもここを死守したい事情がある。

 一方、真逆の立場である揚月隊の隊長ノリスは、部下から手榴弾を集めると、それを使ってドックと基地の通路を隔てる重厚な扉エアロックを吹き飛ばそうという作戦を立てた。


―――


「マニーが道案内だ。はずだ。構造的に弱い部分も知っている。ヤツに案内させて、その手榴弾で扉を破れ!」

 ノリスが部下のジェレミーに命令した。

 2人は資材コンテナを盾にして中腰で怒鳴り合う。

「僕ら二人でカミカゼをやれっていうんですか!?」

「そうは言っていないだろ!行け!」

「…ええい……もう!!」

 ジェレミーは最初は悪態を吐いたが、仲間の援護射撃のマズルフラッシュに励まされて決意を決めると、15mほど向こうで月面車のタイヤを背もたれにしてグッタリしているマニーの元へと、ほとんど匍匐前進のように駆け寄った。


 ズサァ!

 同じ月面車を盾にする形で、ジェレミーはマニーの隣に滑り込んだ。

「おお…ジェレミーか」

 サウロイドとの肉弾戦で腹をやられて流血しているマニーは意識を朦朧とさせつつも戦友の姿にはすぐに反応した。

「ああ、M-1のジェレミーだ。大丈夫か?」

 揚月隊は、ほとんど決死隊や義勇軍といえるような熱意ある若者の集団で、国籍こそ違えどその仲間意識も強いため、ヘルメット越しでも瞬時に相手が誰かが分かるのだ。

「しっかりしろ、マニー」

「なぁに…へっちゃらだぜ。それよりどうだ?」

「ん?」

「俺がんだぜ…わかってるのかよ」

「開いた…? あ…ああ!そうだ、そうだな!」

 深い傷を負うと、大人の脳と呼ばれる前頭葉の働きが低下するのだろう。

 朦朧とするマニーはまるで子供のように、一つの淀みなく「このドックの城門ジシャッターを開いたのは俺だ。自分がこの突破口を開いたんだぞ」と功績を自慢し、褒めてくれと求めたのである。

「ああ、そうだ。なんたってお前と――」

 ジェレミーはマニーの肩を抱いてやった。

「――お前とノニトのおかげだ!」

 しかし勢い余ってを口にしてしまった。


「…ノニト?」

 マニーはハッとした。

「…そうだ、ノニトはどこだ…!?ノニトォ!!」

 彼は戦友のノニトがフレアボールで蒸発したのを見ていたハズだが、記憶が混濁しているようだ。


 ジェレミーは一気に涙腺が熱くなるのを感じだ。

「いいんだ、もう、いいんだって…!」

 ジェレミーは涙ぐみ、今一度マニーの肩を抱いて慰める。

「ノニトォ!返事しろ!俺が援護してやるぞ!」

「いいんだ。マニー、ノニトは大丈夫だ」


 ジェレミーはマニーが落ち着くまで肩抱き、子供をあやすように揺すってやった。マニーを抱く彼の視線の先には、コンテナを盾に抗戦しているM-1小隊がいて、時折その隊長のノリスがこっちに視線を返して‟なにやってんだ!?”とかしているのが見えた。


 ジェレミーも好きで時間を無駄にしているワケではない。


 しばらく…といっても10秒ほどしてマニーが落ち着くと、ジェレミーは冷酷にノリスの命令を達成させるための甘言を

「マニー、お前に頼みがある」

「ああ…ああ!もちろんだ」

 血の足りないマニーの脳に疑う力は残っておらず、他愛もなく勇気づけられてしまった。そしてその勇気は彼を一挙に奮い立たせて、血まみれの体のどこにそんな力が残っていたのか、スクッと上体を起こしてみせたのである。それがまた悲しい。

「まて、無理するな」

「俺はまだ戦える!」

 血が月面の気温に晒されることで凍結し、月面服の孔を塞いで彼の命を生き永らえさせているのだろう。

「俺はまだまだ戦えるんだよ。ジェレミー」

「あ…ああ!そうだ」

 もう説得を諦めたジェレミーは、ヘルメットで涙が見えないことを祈りつつ嘘を吐き続けた。

「それでこそマニーだぜ。お前はこの戦いの英雄となる男さ!」


 そしてジェレミーは中腰になってマニーに背中を向け、乗れと示した。

ぶってやる。そして俺達は、使するんだ。そのエアロックの反対側を見たお前なら、どこに‟コイツ”を仕掛ければ破壊できるか…それが分かるだろう!」


 ジェレミーは”コイツ”と言って、皆から集めた手榴弾の束をみせた。

 10個の手榴弾は月面服の応急処置用のテープにより、まるで縦につらなった小袋菓子のような見た目になっている。(きのこの山やサッポロポテトのあれだ。ちなみに本当にチェーンマインという奇抜な兵器もあるそうだ)各手榴弾はそれぞれケーブルで接続されて僅かに時間差を置いて次々に爆発するようになっている。互いの衝撃波を消し合ってしまう同時爆発より、時間差爆発の方が破壊力がでるという算段だ。

 これで仕掛けどころが良ければ、重厚なエアロックも破壊できるに違いない――!


「ああ、分かるぞ。連れて行ってくれ」

 マニーは何の迷いもなくジェレミーの背中に乗って、おんぶされる形になった。体勢を変えれば傷が痛むだろうに、もう何も感じないようだ。

「それえからな、ジェレミー。お前のライフルをよこせよ」

「なんだって――!?」

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