第251話 月面車ドックの制圧戦(後編)

 学校の体育館ほど巨大な月面車整備棟ドックの中には、月面車はもちろんのこと資材コンテナが乱立しており、それをお互いが盾にする形で揚月隊じんるい装甲機兵サウロイドは膠着状態に陥っていた……いたかに見えた!


 そのとき均衡を破るように、業を煮やした装甲機兵の一人が打って出てきたのである!


 彼はTecアーマーのスラスターで飛翔すると、自然と形成された中立地帯ノーマンズランドを飛び越えて人類の陣内に突貫してきたのだ。すかさず人類側も反撃するが、それに対し―――

『ええい!!資材の心配は後にさせてもらう!』

 彼は驚くべき怪力で、そのコンテナを蹴り飛ばした!

 いや蹴るというより「足の裏で押した」というのが正しい。いわゆるというやつである。



 サウロイド世界のコンテナは一辺1mの立方体でさほど大きくない。

 最初、人類はそれが何かを入れる容器だとすら気付かなかったほどだ。(次元跳躍孔を通過するために1立方メートルのサイコロである必要があったのだ)しかし、小さいとはいえ1立方メートルの塊である。中には液化して封入した超高圧の酸素を封じ込める堅牢な金属容器か、もっと軽く見積もっても飲料水がたっぷりと入っていて、おそらく1トン近い代物だ。(※1立方メートルの水は1トン)


 それがドーンと勢いよく蹴り出され、床を滑って別のコンテナの山にビリヤードのように衝突したのだからたまらない。


 ズゥーン!!


 この思いもよらない攻撃に揚月隊の一人が、滑ってきたコンテナとその山の間に挟まれてしまった。

 重力が弱いということはすなわち摩擦が小さいので、床を滑った事自体は驚くほどではないが、だからといって運動エネルギーが小さくなるかというとそうではない。むしろ摩擦で減衰されないぶん、1トンの鉄塊の衝撃は半端ではなかった。


「ぐ…は!」

 挟まれた彼はペシャンコになって即死するという大げさな事はなかったが、戦闘の継続は不可能なほどのダメージを負った。特に月面服の破損が大きくて、間接的に彼は死を迎えるだろう。


 これで人数の比は19対6になった。


「各小隊、応戦しろ!」

 隊長のノリスは本能的に叫んだが、すぐに「違う、電波通信が不能ダメだったんだ」と気付いて、声ではなく態度でそれを示す事にした。

 ノリスはコンテナから半身を出すと、鏡写しのように同じく半身をコンテナから覗かせている装甲機兵の一人に向けてアサルトライフルを斉射した。もちろん、先ほどコンテナを蹴った奴を逃がしたくなかったが、その敵はもうどこかに隠れてしまっていたので、仕方なく代わりに目に映った敵を攻撃した格好だ。

 お互い殿しんがりの位置に陣取っているため、距離はドックの端と端。バスケットコート2面ほども離れていて当たる気配はなかったが、圧されている雰囲気にしてはダメだ――ノリスはそう思った。


 戦略などない。立てようがない。見つけた順に撃つだけだ。


 ノリスのその気合いに各小隊も呼応し、プレーリードッグのように皆がコンテナや月面車という盾から半身を出してメチャクチャに乱射を始めた。

 と、そのときだ。


「できましたよ!」

 ノリスの肩をジェレミーは叩いた。例の手榴弾の連結が終わったのだ。

「遅いぞ!」

「すみません」

 さすがにこの近距離ならば電波は減衰せずに届くので、二人は会話ができた。

「よし…!それを持って、マニーと合流しろ」

「なんです!?」

「ヤツが道案内だ。ヤツは基地の内側をからこのドックに侵入したのだろう?」

「そうですよ!そして、月面そとにいた我々のためにこのドックのゲートを開いた…」

「なら!ヤツがその時に通ったエアロックがあるハズだ。このドックと基地の通路を繋ぐドックだ。

「カ、カミカゼをやれっていうんですか!?」

「そうは言っていないだろ!行け!」

「……ええい、もう…っ!!」

「援護してやるからな!」

 ジェレミーは悪態を吐きつつも、各所で光る弾着の火花や仲間のマズルフラッシュに励まされ決意を決めた。はやく基地を制圧しなければどっちみち、揚月隊は酸素が切れて死ぬのだから、その決意は戦友なかまのためでもある。


――どうか見つかりませんように…っ!!


 彼はまさに、映画ジュラシックパークでラプトルから見つからないように逃げる子供達がしていたように四つん這いになって身を低くしながら、月面車のタイヤを背もたれに流血してグッタリしているマニーの元へ向かった。

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