第253話 滑稽な阿修羅のごとく(前編)



 揚月隊第M-1小隊のジェレミー・プラット中尉は、この月面車整備棟ドックの膠着状態を打破する奇策の命を受けていた。


 10個の手榴弾を繋げた大型爆弾で、ドックと基地内部を繋ぐ重厚な扉エアロックを破壊しようという作戦である。それだけならではないが問題はエアロックの場所と構造が分からなかったことで、それを解決するため、そのエアロックを通った事のある負傷兵のマニーに道案内を頼むべく、彼を背負って突撃しようというのだ。

 で敵陣に突撃するというのだから奇策も奇策だった。


 ――――


 もしかすると腹だけでなく背骨の脊椎をやられているのかもしれない……。マニーはアザラシのように、ほとんど腕の力だけでジェレミーの背中に這い上がって、何とかされる形を作った。

 まったくもって満身創痍の彼だが戦意は衰えていないようで――

「それえからジェレミー。お前のライフルを貸せよ」

 ――武器を欲しがったりした。もはや狂戦士の領域に踏み入れつつある。


「あ、なんだって!?」

 ジェレミーは、ハワイの歓迎で貰う首飾りレイのようなチェーン状の手榴弾を首にかけ、マニーを何度か揺すって据わりのいいの形を確かめながら訊き返した。

「なんっていった?マニー?」

「置いていくなら借りるぜ」

 マニーはもう勝手に、ジェレミーがおんぶするために床に捨てたライフルを左手で奪い、右手の自分のライフルと合わせて二丁拳銃の格好になった。おんぶされている人間が二丁拳銃を構えると、それはまるで阿修羅か二人羽織か…どちらにせよ冗談のような恰好になった。

「いいから!それはいいから掴まってくれ!」

 ジェレミーは武器を捨てて両手を使って自分の肩に掴まるように促したが

「さぁいくぞぉ!」

 負傷のせいで擬似的に耄碌(あるいは幼稚化)しているマニーは、スイッチが入ってしまった老人のように聞き入れてくれそうにはなかった。

「えい!もうどうにでもなれ」

 言っても無駄だと悟ったジェレミーは自分にだけ聞こえる悪態を吐くと、ともかくマニーを落とさないように、彼の膝の裏に回った両腕をもっとキツく締め上げる…。


 そしていよいよ彼は、この奇策の発案者である隊長のノリスに視線をやった。


 このときノリスは盾となる資材コンテナから半身を出して装甲機兵てきに威嚇やら牽制射撃をしていた真っ最中であったが、鋭敏にその視線に気付くと

「よし…」

 と頷いた。

 お互いヘルメットのせいで視線は見えなかったが「隊長、いけます」というジェレミーの台詞は十分に伝わったのだろう。その「よし…」は負傷した部下を死地に送り込む罪悪感と、頼むぞという気迫が綯い交ぜになったあつい「よし」であった。


「おい!」

 ノリスは同じコンテナを盾にし、手の届く距離にいた部下をつついた。

「ジェレミーが突貫するぞ。各隊みんなと伝えろ」

「はっ」

 ノリスは右翼、その部下は左翼を担当する形で――まずは自分達と同じくコンテナや月面車を盾にして屈んでいる仲間のヘルメットにライフルのレーザーサイトを当てて、彼らが光に気づいてこちらを向くと今度はハンドサインで「を出す。こちらに合わせて援護しろ」と伝えていった。


 次元跳躍孔ホールのせいで無線が使えないといっても、この辺りはさすが精鋭だ。伝言ゲームの要領で、学校の体育館ほどの月面車庫の全体にノリスの意志が瞬く間に伝わったのだ。そして――


 バババッ!

「GO!GO!GO!」

 ノリスの掃射を合図にして、残存する19人の揚月隊員が一気に物陰から飛び出て撃ちまくった。

 そのうちの一人、月面車のを盾にしていた一人は飛び出た瞬間にフレアボールの直撃を受けて即死してしまった!おそらくその整備台に隠れるところを見られて、さらにその後に移動もしなかったので狙い撃ちにされたのだ。頭を出すタイミングを待たれていたのだろう!

 しかしそれに怯んでいる場合ではない!

 マニーを背負ったジェレミーが自分達を信じて、もう飛び出しているからだ。


「わぁぁぁ!」

 月面の重力の助けを借りてジェレミーは勢いよく駆けだした。

 同時に背中のマニーはアサルトライフルを二刀流にして連射しているが、腕に力は無く意識も混濁して精度はメチャクチャ、牽制にもにもなっていなかった。

「俺だ!俺を!俺を見ろーーー!」

 マニーは、ただ撃ちまくっているだけであった。

 チュンチュン!とドックの壁や床に弾丸の火花が踊った。仲間としても迷惑でしかなかったが、その攻撃衝動が彼の意識を保つというのなら撃たせてやればいい!


「いけぇ!!ジェレミー」

 誰とは言わず、揚月隊の誰もがそう叫んだ。

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