第254話 滑稽な阿修羅のごとく(後編)

 月面車整備棟ドックの端から端までは、バスケットコートの縦2面分ほどの距離がある。

 ドックの中には肝心の月面車(サウロイド製のものなので人類が想像するものとはずいぶんデザインが異なる)は3台だけで、それだけならガランと広々とした体育館のような空間であるが、代わりに資材コンテナが‟テトリス”のように積み上げられているため端から端まで移動するのは距離以上になかなか難儀であった。


「うわぁぁ!!」

 ジェレミー中尉はそんな巨大テトリスの間を縫って無我夢中で走っている。

 背中には負傷したマニー中尉を背負い、首には数珠繋ぎにした10個の手榴弾の首飾り……これで半狂乱にならない方がおかしいというものだ。しかしそれでも、サウロイドの基地内部への突破口を開くためにはだと彼は知っていたから、仲間のためにメロスがごとく走る事ができたのだろう。

「いけぇ!!ジェレミー」

 揚月隊なかまの誰もがそう叫び、その気合は苛烈な牽制射撃となって現出していた!

「ジェレミーの移動を援護するんだ!」


――ババババッ!!


 一方。

 その勢いに気圧けおされた装甲機兵サウロイド達は、それぞれ何かしらの障害物に身を隠した。いくら彼らの頑強な装甲でも、敵の鉄片投射器アサルトライフルの連射力は凄まじく、確率論として装甲の薄い部分に命中する不安は拭いようがなかったからだ。


『チッ…。奴らトチ狂ったのか?』

 この二人のサウロイドは、ドックの天井に据え付けられたクレーンの操縦パネルを盾にして隠れた。ほとんど吹き抜けのドックの中では希少な2階部分で、室内全体を見渡せる好立地である。(もっとも逆に、どこからも射線が通る場所とも言えるが)

『まぁ落ち着け。鉄片たまが切れるのを待てばいいのさ』

『射撃武器の性能が違いすぎる…』

『あの武器は一体、何発を抱えているんだ?こっちのフレアボールは最小出力で撃っても6発が限界だって言うのに』

『それでもいつかは品切れになるさ。落ち着けよ』

『そうだな。しかしなぜ…』

 しかしなぜ急に攻撃的になったんだ、と疑問した一人がそっと操縦パネルから顔を覗かせた、そのときだった――!

『なに!?』

 彼は、自分達のお株を奪うかのように大胆不敵にコンテナの上を飛び跳ねて何かを目指して猛進している敵の姿ジェレミーを見たのである!

『おい見ろ!ヤツは!止めなくては!』

 そう仲間に伝えて操縦パネルの陰から飛び出ようとした彼だが、体を出した瞬間に敵からの猛烈な集中砲火を浴びてせざるを得なかった。

『くそっ…』

 再び操縦パネルを盾にして身を屈めた彼は仲間の肩を叩く。同意を求めるためにだ。

『おい!やるしかないぞ!』

『ダメだ、ここから

『責任は俺がとる。チャージしろ!』

『ええい!』

 そう言って二人は、それぞれ右腕のフレアボール投光器のボルテージのをグイッも回した。


―――


 その作戦は、まるでラグビーのようだ。

 ジェレミーは、マニーというボールを背負いながらエアロックへと猪突猛進した。そして仲間はタックルの代わりに牽制射撃でもって、敵をジェレミーの進路から排除した。

 敵が本当の恐竜ならこれで成功するだろう。しかし――


 バシュ!バシュ――!!

 天井から吊られる形の2階部分(それがクレーンの操縦部だろうことは人類にも想像がついた)から2つの火の玉が放たれ、それがジェレミーを襲ったのである。あぁ…相手は本物の恐竜ではなくを持っているのだ!


 ジュワァ!!

 2発のフレアボールは疾走するジェレミーの背後の空を切り、そのままドックの床に大穴を開ける。

「あぶねぇ!!」

「撃たせるな!敵はあそこだ!」

 それを1階部分から見ていた揚月隊なかまたちはすぐさま発射地点を察知し、その天井から吊られた2階部分に攻撃を集中した。これで敵を倒せないまでも、次の攻撃のために顔を覗かせる事が出来ないようにしたかったのだ。

 …しかしそれはさすがに無理がある。弾丸を捨てたい事情でも無ければ、いつかは攻撃に隙ができてしまう。


 バシュ!バシュ――!!

 そうやって攻撃が止んだ瞬間、チラッとだけ顔を出したサウロイド2人がさらにフレアボールをジェレミーに放った。しかもそのうち1発は直撃コースに乗っている!


「ジェレミー、おい、右だ!」

 このとき、まさかジェレミーを救ったのはマニーだった。

 足手まといとは言わないが、足枷としてしてやっているマニーが、滑稽な阿修羅がごとくジェレミーのもう一つの顔となって右上から撃ち下ろされてくるドッヂボールのような火の玉の存在を告知したのである!

「右だ!」

「右だ? ――っ!!」

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