第255話 朝焼けは彼らの瞳にどう映る?(前編)
「右だって――? っ!!」
おんぶしてやっているマニーが耳元であまりにうるさく言うので、ジェレミーが少し右に視線をやると、もうすでに視界いっぱいにドッヂボールほどの大きさの火の玉が迫っていた。サウロイドが放ったフレアボール、正確には火ではなくプラズマ化したアルゴンである。ともかく今大事なのは……
このフレアボールの弾速は150km/hということだ。
150km/hというのは、集中した健康な
「くぅ!!」
フレアボールは彼の移動速度を加味して撃たれていたので(偏差射撃というやつだ)ジェレミーは後ろへ大きく飛び退いた。飛び退いた先にコンテナの角があるかもしれないとか、背中のマニーを潰してしまうかもしれないとか、そういう事は一切考えず、ともかく全力で両足を後方に踏み抜いた!
ズワァァン…!
びょんとカエルのように跳んだマニーの顎のスレスレを、マトリックスの有名なシーンのようにフレアボールが行き過ぎた。
「く…ぎぎ…!」
ちなみにドック内は真空のためフレアボールに飛翔音は無い。なので、ズワァァンはジェレミーの心の中でのイメージである。なお、もし本当の飛翔音が聞ける地球上でヘルメットをしていなければ、直撃せずとも周りに巻き起こす熱風の渦により肺を焼かれて死んでいただろう。
放たれた2発のフレアボールはジェレミーを捉える事はなかった。しかし事態は別様相を呈す。サウロイドが危惧した事がやはり現出したのだ。
ドーン!!
発射された合計4発のうち、ちょうどジェレミーを
爆発したのは1立方メートルの酸素コンテナ1つだけだったが、その中には液化された酸素ぎゅうぎゅうに押し込められていて、今にも破裂せんとす風船のような状態
だったと考えると恐ろしい。月面の寒さとコンテナの内圧で何とか
それは基地全体を微震させるほどの大爆発だった。
とはいえ炎の熱は人類の月面服もサウロイドのTecアーマーも耐える事ができたので問題ではなかったが、ともかく酸素の体積膨張による風圧が凄まじく敵味方、そしてテトリスのように積まれた他の資材コンテナを巻き込んで全てを薙ぎ倒した。また酸素だけなら何も残らないが、安定剤として不純物を含んでいたために多少の煙が発生しドック内の視界を悪化させて、戦場をより混沌の中に突き落とした。
ブーン…ブーン…ブーン…
サウロイド世界独自の紫の警告灯が、洋風のお化け屋敷のように周囲を定期的に照らしている。
「…くぅ…うう! ジェ…ジェレミー!?」
吹き飛ばされ倒れ込んだノリスが立ち上がると、
「あっ…!!?」
そこには、もうすでに絶望的な情景が視界に飛び込んできた。
『数を減らす!』
ラプトリアンほどではないが、サウロイドの踵落としもも脅威である。鎌のように振り上げられた逆関節の足が、まずは健在なジェレミーを狙っていた。しかし!!
バババババッ!!
傍らで倒れ込み、さすがにもう死んだかと思われていたマニーが阿修羅のごとく復活すると、ライフルをその
『なにぃ!?』
「おれがまもってやるっていったんだよ…」
マニーの呂律はほとんど回らなかったが、射撃は正確であった。至近距離でしかも大量に当たった弾丸は装甲を突き破った!
『ぬ!』
反射的に患部を押さえて怯んでしまったサウロイドに対し次の瞬間には、ダメ押しとばかりに方々で倒れ込んでいた仲間の援護射撃が注がれた。
こういうのをサピエンスの世界では「蜂の巣」という。
『ま、まずい…!が……』
集中砲火に、さすがに肩や胸といった装甲の硬い部分も貫かれ、そのサウロイドは絶命した。そしてそのサウロイドが倒れ込むのと同時に、今度はジェレミー立ち上がった。
「いける…!」
彼我戦力差は19対5。視界を曇らせる煙も出ている。揚月隊の援護もある。
「マニー、さぁ」
そしてマニーもいる!
‟いけー!”
‟俺達がついている!”
‟頼むぞ!”
音としてそんな声は聞こえない。
しかし確かに仲間の声を聞いたジェレミーは、横向きに倒れたテディベアのような姿勢で筋肉が硬直しているマニーからライフルを力づくで剝ぎ取って捨てると、彼を背負い直した。
「最期までやろう…」
「あ…ああ…」
ジェレミーはマニーを背負い、あと少し、エアロックへ駆け出した。
と、そのときだった。
突如にして
それは人間にとっては爽やかな朝焼けの色だったが……?
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