第256話 朝焼けは彼らの瞳にどう映る?(後編)
月面車
この巨大な箱を突破して基地の中枢へと進みたい人類が「臨時の工兵を出して
小賢しい事は考えず戦闘力だけを頼りに正面から打って出るか……と
パッ…!
突如にして
「なんだ…!?」
もちろん揚月隊(じんるい)はそう思ったが――
「いや、気をとられるな」
「いまはジェレミーを援護しろ!」
精鋭である彼らはそれに紛らわされず牽制射撃を続けた。
……しかし後から考えれば紛らわされるべきだったのかもしれない。というのもオレンジの光は、サウロイド達に特別な意味があったからだ。
『…なんだ?』
『‟撤退”だと!?』
『しかし敵が…』
『レオ司令には何か策があるのだろう』
『オレンジ灯はただ事ではない』
『3番エアロックで地下通路へ脱出するぞ』
『よし。3番ならばヤツらの鉄片投射器の射線の死角だろう』
遥か長い進化史の中で一時期、
『早く逃げろ!』
彼らは爽やかなオレンジ色にこそ焦燥感を感じるのである。早く巣穴に戻らなければ、と彼らの
――――
以前、この月面車整備棟(ドック)の形状をトランクの扉が開かれたワゴン車に喩えた。
それを再び用いて位置関係を整理したい。
まず人類がいるのはトランクの部分で、そこで後部座席(実際は月面車や資材だ)を盾にしている。彼らの背後は扉が開け放たれており月面が広がっていた。
対するサウロイドはボンネットの上に陣取って前の座席を盾としている。
そしてマニーを背負ったジェレミーは突貫し、助手席の窓の辺りにあるエアロックを(サウロイド的には2番エアロック)目指していた。そのエアロックを破る事はすなわち、ドックという二の丸を突破し基地の中に侵入できるという事である。
なお、前章から読んでいただいている人には知った事ではあるが……このジェレミーとマニーの突撃に随伴はない。本来の工兵なら歩兵の随伴があるものだが、ジェレミーはは単独でそこを目指していた。工兵というより工作員というのに近い。
その代わりに手厚い弾丸の”送迎”があった。
後方の14,5人の揚月隊員が牽制射撃をかけて、弾丸でもって二人の進路を確保してくれたからだ。花吹雪を仲間達が投げつける結婚式の花道のようである。
「ジェレミーを援護するんだ!」
「弾丸をケチるな!」
ドック内の明かりがオレンジに変わっても、しばらくはそんな猛烈な牽制をかけ続け、そしてその弾着が派手なものだから、それが一人相撲であることに気付くのには数秒を必要としてしまった。
「…ん? やめ!射撃やめ!」
ノリスは牽制以前に、いつの間にか相手がいなくなっている事に気付いた。そして気付くやいなや――
――血の気がひいた…!
ノリスはこのとき、観光で
「まずい…!なにか起きる!」
城の名前は思い出せない…しかしその城の構造がありありと脳内にフラッシュしたのだ。
「敵の撤退を喜んでいる場合ではない…ここに居てはダメだ!!」
戦国時代の城は本丸、二の丸、三の丸と多層構造になっている。
その構造の中には、敢えて敵を城内に引き込んで殲滅するための空間も用意されていた。それは周囲の三方を高い壁で囲まれた
――それが、いま起きるのではないか。
ノリスは背後を振り向きつつ、一瞬迷った。
背後には荒涼とした月の大地が広がっていて、退却すればこの‟密”は解消できて敵が何の策をしかけてこようと、一網打尽になるという事はないだろう。
しかしそれは、ジェレミーを見捨てる事になる。
そしてもう少しすれば、ジェレミーとマニーはエアロックを破り、この
――どうする?
一瞬の逡巡のあと、ノリスは叫ぶ。
「ジェレミー、いそげ!」
彼は後者を選択した。いやそれどころではなかった。
「俺達もいく!」
彼はエアロックがまだ予定通りに破壊できて通れるか分からないにも関わらず、コンテナの
敵が本当に撤退したか分からない。エアロックが破れるか分からない。それは二重三重の賭けだ!いったん月面に逃げるのが安パイというものだった。しかし
「続け!」
ノリスは賭けに出た!
ジェレミーがマニーの案内で向かったドックの奥へと駆けた。さらに駆けながら ――
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