第384話 サウロイドの放棄せし基地へ(後編)
一度は照明弾に怯んだモスキート人間の大群だったが、もちろん彼らは吸血鬼とは違い、そのまま照明弾で押さえ込むことはできなかった。50匹(人?)ものモスキート人間は落ち着きを…というか殺意を取り戻すとワアッという大波になってブルースとナオミに殺到してきた。
「イソゲ」
「ああ!」
月面滞在者の健康管理のために赴任してきた理学士のブルースと、はるかな宇宙から試験用の狩り場として月に送り込まれたプレデター見習いのナオミは、それぞれにまったく違う背景を持ちながら、今この瞬間は古くからのバディのように並走しながら一目散に逃げているのだから運命とは面白い。
――――――
ザッ!!
そうして二人は、サウロイドが放棄した基地に逃げ込んだ。コンクリート造りの立方体のピラミッドのような頑丈な建物で、この中に立て籠もれば、さすがに50人でもモスキート人間は手を出せないだろう。
「何をしている!?」
基地の中は、外の照明弾の光が地面に反射した間接的な明かりでボンヤリ照らされていてシンッと静まりかえっている。
「扉を閉じろ。どうしたんだ!?」
ブルースは基地の扉をくぐるなり、先に基地に入っていたアニィに叫んだ。基地の扉は上から下に降りるシャッターのような構造になっているが――
「レ、レバーが動かないのよ!」
壁に据え付けられたシャッターの開閉レバーを回そうとしているアニィは、それが動かないと顔面を蒼白にしながら訴えた。車のハンドルを一回り大きくしたぐらいのリングに、取っ手となるレバーがついていてそれを回す構造である。
「手を貸す!」
ブルースはレバーでなく、リングを握って加勢した。レバーは握りやすい9時の位置にあったが、仮にそこで鉄棒をするように全体重をかけても回らないだろうと思った彼は、リング全体を回す方法を選んだのだ。
「せーの…!」
アニィはそのままレバーを下に押し込み、ブルースは反時計回りにリングを回す!
「回す方向が違ったとか、そういうのは無しにしてくれよ…!おぉぉ!!」
「この向きで合ってるぅぅ!!!」
一方、両腕を負傷しているナオミは
「ハヤクシロ…!」
扉の真ん前に陣取ると片膝をついて射撃姿勢を作った。そう、いざとなればプラズマキャノンの最後の一発を放つ心づもりだったのだろう。扉の前に弁慶のように立ち塞がる彼女の視点からは、モスキート人間が一塊の大波となってワァワァ!と押し寄せてくるのがよく見えた。まるで戦国合戦だ!
「錆び付いているという事はないはずなんだけど!」
アニィはまた、うぅー!と呻きながら力を込めた。
「ああ!酸素が無いわけだしなぁぁ…ああ! 一気に…いけ! おおぉ……!!」
ブルースも応じつつ、力を込めた。と――!
グググ…ガコン!
すると次の瞬間、ハンドルは低く乾いた音を響かせ観念したように回り始めた。
「よし!」
「やった!」
しかも、いったん回り始めたら急に素直になって抵抗をほとんど感じないほどになった。ガコガコガコ、という小気味よい音を立てながらハンドルは回っていく。
「モット、マワセ」
ナオミは天井を見上げシャッターが降り始めているのを確認すると、二人のホモサピエンスにさらに指示をした。
「モット」
自分は手が使えないから仕方が無いが、そもそも言う必要のない余計なセリフでもあった。ただ同時にそれは、ナオミの人間性の一端が現れているようで愛おしくもある。きっと彼女が人間に育てられていたら、アニィと同じような口うるさいタイプだったに違いない。
ゴゴゴ…!
基地の扉が降り始めるのを見たモスキート人間は馬鹿なりに(いや…実際に知能が低いのかは分からないが雰囲気として下等な感じがする生き物だ)閉め出されると気付いたのか、発声器官を持たないから声こそないが群れ全体に「あっ!」という動揺が広がる見えるや、彼らは一気に走る速さをアップさせた。
「クルゾ」
「わかっている!」
「イソゲ」
「わかってる!!」
ブルースとアニィは二人一緒に「わかってる」と怒鳴りながらハンドルを必死に回し――
ズゥーン!
間一髪のところでシャッターを閉じる事に成功した。
殺意が余ってか、はたまた逃げるモノを追う本能なのか、気合い満点の滑り込みの攻撃を見せたモスキート人間の一人は、その腕をシャッターと地面の間に挟まれて千切れてしまった――そんなギリギリの距離の戦いだった。
「…ふぅ……」
「あぶない…はぁ…はぁ…ところだったわ」
ブルースはサッカー選手が疲れたときのように両手を腰に当ててうな垂れ、アニィは力なく壁に寄りかかるとそのままズルズルと
だがモスキート人間はそういう事を理解するだけの知能が無いのか、なおも扉を叩き続けており、三人のいる石棺のような基地の内部には、どぉん…おぉん…という音が響き続けている。しかしその音色は堅牢至極であり「いつか突破されるかもしれない」という恐怖は無く、むしろ遠くの花火大会の音を聞いているような心地よささえあった。
「さて…」
アニィが息を整えながら、照明弾のおかげで消す事のできていた月面服のライトを弱い出力で点灯させた。
――月面服の酸素も無限ではないのだ
――次の策を弄さねばなるまい
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