第383話 サウロイドの放棄せし基地へ(中編)

 月の地下空洞――その床が割れた裂目から這い上がってきた謎の人型生物を、ブルースは「モスキート人間」と仮称した。

 妙に手足が長く、しかしクモ人間と呼ぶには貧弱そうだったからである。

 ただ、貧弱とはいえ50匹(人?)もの大波となって押し寄せてくるなら話は別だ。いくらブルースが理学士トレーナーという名の格闘家であり、ナオミがプレデターに育てられた強靭なる狂人であっても、二人きりでは戦えない。


 そこでブルースとナオミ、そして巻き込まれたアニィはサウロイドが放棄した地下基地に逃げ込むことを画策した……。


――――――


「こっちよ!」

 ナオミが打ち上げた異星製のスーパー照明弾のおかげで、サウロイドの基地の入り口を見つける事ができたアニィは、後続のブルース達に向かって大きく手を振った。

「アソコダ」

「よし!」

 ブルースとナオミは、短い腕をいっぱいに振るアニィを見つけ、走る進路を変えた。二人の視点から見ると、照明弾で照らし出されたサウロイドの基地は異様そのもので、コンクリート造りの窓一つない(月の地下空洞の中の基地なのだから窓が無いのは当たり前だが)まっ平な壁は、まるで真っ白なキャンパスのようであった。そしてその巨大キャンパスの底辺に、小さく小さく人間と黒々とした長方形の穴だけが描かれている光景レイアウトは、まるで「余白を愉しんで下さい」などという、くだらない自己推薦文が添えられた現代アートのようであった。ともかく、プレデターの照明弾を光源に、サウロイドの地下基地の大壁と、ホモサピエンスの小柄な女を配置するとこういう不気味な風景が造られるわけである。


――――


「扉を閉じる準備を!」

 ブルースはその現代アートの中に飛び込まんばかりに走りつつ、アニィに的確な指示をした。自分とナオミが扉をくぐった瞬間、扉を閉じてモスキート人間の群れを閉め出さねばならないからである。

「もう閉じはじめていい!何やっている?」

「え? ええ、そうね!手動ハンドル式なんだったわ!」

 恐怖のために思考が鈍っているのか、二人に向かって「はやくはやく!」と手招きしてばかりだったアニィは、ようやくブルースに指摘されてハッとなり、急いで基地の中に入った。目当てのハンドルは扉をくぐってすぐの壁にあり、外のブルースから見ると彼女の半身だけが見える状態になった。

「回しはじめろ」

「わかってる!」

「時間がかかるんだろ!?」

「わかってるって!」

 ブルースとアニィが怒鳴り合う一方、

「イソゲ」

 ナオミは落ち着いて、首だけでニュッと振り返り(プレデターの娘とはいえ人間なので限界はあるが、かなり関節は柔らかい)モスキート人間の群れが、まだまだ執拗に自分達を追いかけてきている事を確認した。

 50人もの彼らが作る大波は、さきほど照明弾により、いったんは岩に砕ける波のように勢いを失ったが、今はまた落ち着きを取り戻し、それほど速くないながら着実に迫って来ている。手足が長い割にはユラユラと無駄な動きが多く、右に左に体がよれながら追ってくる様はゾンビのようだった。

 歩くのには向いていない生物なのだろうか?

 さきほどブルースが追いつかれそうになったのは失神したナオミを抱き、かつ後ろ歩きで進んでいたからで、前に走る分にはモスキート人間に追いつかれる事はないだろう。むしろ距離を引き離すことだってできる。だが――

「イソゲ」

 ナオミは、満身せず全速力で走れ、とブルースを急き立てた。扉を閉める時間を考えると、いくら距離を引き離してもやりすぎという事はあるまい、という意味を含んでの発言だ。

「わかっている」

 宇宙人なのに思考回路は人間と同じか、と少し感心しながらブルースは頷いた。

 そう…ブルースはまだ、この鈍い銀色のプレデターマスクの下に少女の顔が収まっているとは夢にも思っていないのである。


 ――――――


 そうして二人はもう振り返る事は無く、照明弾に白く照らされた月の大空洞を駆け抜け、サウロイドが残した古代遺跡のような地下基地の扉に飛び込んだ。

 ザザッ!

 想定では、その扉はアニィの手によって半分ほど閉じてあってよいはずだったが(サウロイド世界の扉なので高さは3mもあった。ブルースは半分閉じかかった1.5mの扉を潜るつもりだったのだが…)実際は、まだ万人を受け入れるかごとく扉は全開のままである。

「何をしてたんだ!?」

 ブルースは基地の扉をくぐるなり、アニィに叫んだ。

 基地の中は、外の照明弾の光が地面に反射した間接的な明かりでボンヤリ照らされていて、シンッと静まりかえっている。

 それは昔の野外市民プールの、素っ気ないコンクリートと青いプラスチック製のスノコが六面を覆う更衣室のようだった。そのコンクリの立方体の外が子供達のお祭り騒ぎになっているというギャップも含めてよく似ている――が、生死をかけた状況であるという点でまったく違う。

 はやく扉を閉じなければならないのだ。


「扉は!?」

「やってるけど!」

 一方アニィの意識はブルースではなく、その隣に一緒にいる宇宙人プレデターの方に向かっていて、一瞥して何か言おうとしたが(遠目から一緒にコチラに向かってきていること知っていたので驚きや怯えではない)状況を考えて結局は何も言わなかった。「何人も人を殺めておいて、今は協力するだと?恥知らずめ」と難詰しても仕方が無かったからだ。それに今は

「レバーが動かないのよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る