第382話 サウロイドの放棄せし基地へ…(前編)

 死んだと思われていたプレデターの見習い戦士、ナオミは意識を取り戻した!

後頭部を撃たれた衝撃で脳震盪こそ起こしたが、プレデターのヘルメットは弾丸を受け止め命に別状はなかったのだ。むしろ重傷なのはクワガタ人間の太刀を受けた両手首の方で、地球の重力下ならおそらく缶ジュースを持ち上げても激痛が走るほどの酷い捻挫を起こしていた。

 

――――――

―――――

 

 戦争映画で負傷した戦友を後ろ向きに引きって「衛生兵!」と叫ぶシーンはよくあるが、まさにその構図でブルースによって後ろ向きに運ばれていたナオミは意識を取り戻すと同時に、目を疑うような光景を見た。

「ウゥン…ン… ハッ…!?」

 その光景とは、自分に向かって明確な殺意をもって群がってくる闇の魔物の大波である。大波を形作るモスキート人間の群団は実際のところ50人という数えられる規模だが、真っ暗で視界が狭まっているせいで、ナオミからするとまるで数千の冥界の軍勢のように見えた。

 普通の少女なら失神しておかしくない悪夢のような光景である―――が、ナオミはではなかった。


 キュィーーン……バシューン!

 彼女は何の躊躇いもなく、プラズマキャノンをぶっ放したのだ!そして続けざまに「ツギ、しょうめいだん、ツカウ…。オロセ」

 と自分を運んでいるホモサピエンスに命じた。コンピュータガントレットが壊れていなければこの言葉おとが地球語のはずだ。

「お前、生きていたのか…」

「ソノヨウダ」

「しかし…降ろせといっても走れるのか?」

「タブンナ」

「よ、よし…」

 ブルースは命じられるまま、ナオミを立たせてやった。

 ナオミが地上の月面基地で人間を殺しまくってきたとは知らないブルースにとって、このプレデターの娘は一緒にクワガタ人間と戦った仲でもあったからだ。

「どうだ?走れるか」

「サイワイニ」

「いくぞ…!」

「ヨカロウ」

 二人は長年のバディのように短く言葉を交わすと、すぐにUターンして(いままで後ろ向きに進んでいたからだ)先行するアニィの方へと走り出した。特にナオミの方は自分の体が問題なく動くことを確認するように、膝を上げたり腰を捻ったりしながら妙なフォームで走った。

 そして、手首以外は問題が無い事を確認した彼女はを果たした。ナオミは走りつつも上半身は半分だけ振り返って、

「ショウメイダン!」

 プレデターの照明弾を撃ち上げたのである!


 カッ!

 その異星製のスーパー照明弾はこの野球場ほどもある巨大な地下空洞を「床に落ちたコンタクトレンズを見つけられる」ほどではないものの「クリアファイルぐらいなら見つけられる」ほど目映く照らし出した!

「おお!」

「それ、すごい助かるわ」

 ブルースが感嘆すると、遠方にいるアニィも通信越しに喜んだ。サウロイドの基地の入り口が探せるからである。どんな宇宙人が造ったのか、相変わらずの光量だった。

 が、しかし効果はそれだけではなかった。

 後ろを振り返れば、モスキート人間の大波もまるでテトラポットにぶつかったように怯んでいたのである。クワガタ人間がそうであるようにモスキート人間にも声帯は無いようで少しの驚きの声もあがらなかったが、声が無くとも「ギャァアッ!」という音が聞こえんばかりの怯み方であった。


「クワガタ人間には効果が無かったが、こいつらは光に弱いのか!?」

「イクゾ…!」

「ああ。そうだな」

 モスキート人間の群団が全員一斉に怯んでいる様を見るのは小気味良いが、いつまでも振り向いていても仕方がない――二人はまた正面に向き直り、サウロイドの基地を目指して再び走り出す。月面特有の灰色レゴリスの大地には、背後に輝く照明弾によって二人の影が異様に長く垂れ、さながら不眠症の男の心象風景のような奇怪な図を創り出していた。


 一方、

「ブルース、扉があったわ!」

 二人から40mほど前方にいるアニィは、照明弾のおかげでサウロイドの基地の入り口を発見していた。

 基地と言っても外観はただの箱で、無個性なコンクリート(サウロイドも人類と同じ土木技術に行き着いたのだろう)の巨大な壁が三枚組み合わさり空洞の端に身を寄せ合うように「コ」の字を作っているだけの構造だ。形はダムに似ていて、まるでシンプルさやミニマムさを信仰にしている宇宙人が作った王の墓のようでもあった。月の地下ということもあり、ピラミッドに似た神秘を感じる建造物だった。


「こっちよ!」

 そんな殿の壁の前に立つアニィは、ブルース達に向かって大きく手を振った。彼女の隣には、確かに噂通り背の高い扉が口を開けている。扉というよりは鍵穴のように素っ気ないそれは、ラプトリアンのオスに合わせて設計されており、高さは実に3m、アニィの身長のちょうど倍であった。

 人間からすると美的感覚が狂うほどに妙に縦長で真っ黒なその穴は、人ならざる生物が造った地下施設の入り口と呼ぶにふさわしい。

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