第484話 平伏せ、偽りの王よ(後編)
ここで「大蛇」の事を触れておかねばならない。
この大蛇が猿人間勢力が繰り出してきた生物兵器であるのは間違いないが(目の前に傷を負った猿人間がいてもこの大蛇が襲わないほど調教されているかどうかは分からない。だが少なくともサウロイドを食うようには調教されているようだ。……なるほど。だから猿人間は占領した村の住人(サウロイド)をさらっているのかもしれない。生きたサウロイドを捕食する癖と味を覚えさせるためにだ)大蛇の正体は何であろう?
前々章のタイトルが「ティタノボア」であったので、“古代生物ファン”ならピンと来ているかもしれないが、この大蛇はそう、恐竜が滅んだ直後の新生代のはじめ(暁新世というらしい)約5000万年前に生息していたとされる実在の魔獣である。恐竜が滅んだあとに空位となった「陸生の超大型肉食獣(狩りをあまりせず他の肉食獣の獲物を横取りするタイプ)」とい生物的地位、いわゆるニッチに飛び込んだのが大量絶滅を生き延びた蛇だったというワケだ。それ以前に類似した化石が見つからないことから、恐竜時代は毒もなければ強くもない普通の蛇だったのだろうが ――地位が与えられると急に驕り高ぶり始める人間と同じように―― ニッチを見つけてからは急速に進化(巨大化)が進み、かつて暴君(ティラノサウルス属)が座っていた王座に収まったということだろう。椅子取りゲームの勝者のようなものである。
ちなみにこれは海でも起きていて、モササウルスが滅んだ後その空位を巡ってバシロサウルス(古代クジラ)とホオジロザメが争う事になったそうである。両者は争いながら巨大化し、遂にはホオジロザメ勢力の方は戦艦大和のような発想の「メガロドン」という大型怪物を生み出したが、対するクジラ勢力が完成させた傑作生物「シャチ」によって300万年ほど前に駆逐されたようだ。
こう書くと本当に軍拡競争のようである。
閑話休題。
ともかく、いまレオ達の眼前で視界を覆わんばかりに迫る巨大な蛇は、絶滅生物「ティタノボア」と思われた。
もちろんレオ達はそんな大蛇を知らない。蛇はジュラ紀……つまり我々の世界と彼らの世界が分岐する前に登場している動物なので、蛇自体は彼らにもお馴染みの生物だが、彼らの世界線においては肉食恐竜が王座を明け渡すことはなかったので「ティタノボア」どころか「アナコンダ」も発生しなかったからだ。
ゆえにこの大蛇はレオ達を大いに戦慄させたわけだが……しかし。
猿人間とそれを教唆する何者かは甘く見ていたようだ。
というのも、この恐竜が滅びなかった世界のオーワ川(アマゾン川)は、「ティタノボア」が横から来てひょいと王座で胡坐をかけるような生ぬるい世界ではなかったのだ。我々の知るアマゾン以上の
――――――
蛇にどれだけの感情があるかはわからないが――
そのティタノボアが今まさに機甲兵のマリーを食おうとしたその時、彼は自分に比肩する、いやそれ以上の強者の存在に気づいて震撼したに違いない。
『!!?』
そのとき大きく開いた大蛇の口が空を切ったのである。
マリーをめがけて、その長い体をバネのように伸長した大蛇だったが、その瞬間同時に何者かに尻尾を引っ張られたことで位置を見誤り、彼女から1メートル手前で口を閉じる事になったのだ。牛を丸呑みにできるような大きな口だが閉じる速度は神速で、何も噛めなかったから余計にだろう、花火の遠鳴りか大太鼓のようなドゥンッ!という
一瞬だけ「蛇に睨まれたネズミ」の気分がマリーを包んで硬直させたが、
『…いまよ!』
彼女は勇気と精神力ですぐにそれを振り払うと、次に思わぬ行動に出た。一歩だけを助走にダッとジャンプすると、目の前の大蛇の眉間に飛び乗ったのである!彼女は「ゼロ距離からフレアボールを眼球に撃ち込んでやる」と思ったのだ。
ブワァァーン!
もちろん大蛇は彼女を振り払おうと首を大きく揺すった……と思ったが、いやそうではなさそうだ!
『いったい川に何が…?』
特等席でそれを見ていたオルネガ大尉は、その大蛇は頭の上に乗られたことより尻尾の方を気にしていることを悟った。そしてその通り、大蛇はついに体を逆さのUの字にして屋上から脱落すると
『機甲兵! 降りろ!』
『だ!だめ、爪が!』
マリーを頭にのせたままバシャン!とオーワ川に落ちていってしまった。
大蛇が首を振った際、なにぶん体が長いものだからその終端である頭は300km/hを超え、彼女は振り落とされまいとラプトリアンの自慢の爪を鱗に食い込ませていたのだ。
『少尉ー!』
『戦果を焦りやがって!バカ野郎!』
『失敗です…。ステガマーマがもう来ると伝えていれば良かった』
大蛇の去った屋上に残された仲間の機甲兵、オルネガ大尉そしてレオは三者三様の吐露をしつつ事の行く末を見届けるべく駆け出し、大蛇によって
『あれは…!?そうか』
『わははは!』
『しかしなぜ…?』
川を俯瞰した彼らは何が起きているかを一目瞭然に察したが、せっかくだ、全容の説明は当事者の視点で行おう。
――――――
ブクブク! バシャン! ブクブク…
『くぅう! はっ! 動けない!』
嵐の海に揉まれる難破船のように、マリーの体は潜ったり飛び込んだりを繰り返す。彼女を頭に係留したまま大蛇が水中の何かと格闘しているからだ。月面服のおかげで呼吸は困らなかったが、月面服のせいで動きがままならない。機甲兵の鎧も相まって見たい方向に顔を向けることすら大変だ。
――何が起きているの!?
彼女は靴紐を結ぶような姿勢になって(大蛇が暴れるたびに激流で姿勢を崩されるがあきらめない)大蛇の鱗に挟まった自身の爪を外そうと格闘しつつ、水中の何かを探す。そんな四苦八苦が、どうだろう、10秒ほど続いたそのときだった。
スポーツアリーナで巻き起こる「ウェーブ」のように、大蛇の鱗が尻尾から頭にかけてザワザワザワッと立ち上がった。我々が拳を解くように、引き締まっていた鱗が開いたのである。
『!?』
むろん、彼女の爪もスッと抜けた。
『何が…!?』
彼女は状況が呑み込めないまま、ともかく今度はヘルメットや機甲兵の鎧を脱ぎ捨てると(どうせフレアボールは浸水して使えない)オーワ川の水面を目指して尻尾泳ぎで浮上した。
と!
『危ない! ゆっくり!』
水面に出るや、聞き覚えのある声が彼女に警告する。
『!?』
『ゆっくりだ。ゆっくりこっちを向け』
背中から投げかけられるその声はエースだった。先に川に飛び込んでいた彼は状況を把握しているようだ。
『キュクロスクスはいま、獲物をお前にとられると思っている…』
『はっ…!?』
この瞬間、マリーは全てを理解した。
大蛇を川に引き釣り込んだのは、この眼前に浮かぶ島と見紛う巨大ワニの仕業だったのだ。そして蛇の鱗がザワッと開いたのはワニの牙が神経を切断したからに違いない。
これが、そう。
冒頭に述べた恐竜が滅びなかった
『いま奴は獲物に満足してるんだ…!』
ワニにそういう聴覚があるとは思えないが、エースは本能的に声を潜ませながら言った。
『背中を見せて奪う意思が無いことを示せ…!』
『そ、それほんとなの…!?』
普通の肉食獣とは真逆の対処法じゃない?――と、マリーは半信半疑のまま大蛇を咥えたままこちらを睨む一つ目のワニに無防備な背中を差し出した。
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