第483話 平伏せ、偽りの王よ(前編)

 オーワ川(アマゾン川のサウロイド世界の呼び名)に浮かぶ人工島。

 それの防波堤を兼ねた巨大な壁のような集合住宅の屋上は敵兵(猿人間)を寄せ付けない、盤石の砲撃ポイントかと思われた。城塞の上に陣取る弓兵のように圧倒的に優位な位置である。しかし

『後ろです!』

『よけなさい!』

『なぁにぃ!? う、うぐぅ!』

 想定外のことが起きた。背後、つまり川側から登ってきた大蛇によって奇襲を受けたのである。いや

 グゥゥワァーン!

 大蛇の長く太い首が横に薙ぎ払われ「ポーカーテーブルの上のチップを総取りにする腕」か「車のワイパー」のように砲歩兵やレオを跳ねのけたとき、マリーはその大蛇がこの集合住宅ぼうはていの壁をことを直感した。


――なんて大きさ!


 きっと尻尾(尻尾と呼ぶのかわからないが)はまだ川の中、腹の辺りが壁に寄り掛かるようにして、首だけを屋上に出している態勢に違いない。大蛇のを縄跳びのようにビョンとジャンプして回避したマリーは、その滞空時間に大蛇の胴を見下ろし、その全長を30m以上と見積もった。回避する直前グワッと視界に迫ってきた胴を思い出せばその直径は自分の身長と同じぐらいであり、胴の直径が2m~3mもあるならば、蛇の体の比率的に30mという見積もりは大げさどころか、過小評価かもしれない!(もっともこの見たこともない大蛇が、ツチノコのように短く太い姿であれば話は別だが)


『…っ!くらえ』

 マリーは大蛇の薙ぎ払いをジャンプでかわし、そこから両足と右足の三点でズサァッと着地するや、余った左腕を前に突き出すと一切の逡巡なくフレアボールを発砲した。チェス盤の上を猫に歩かれたように陣形をめちゃくちゃにされ、周囲には転倒したままの仲間もいるが、“的”は小型のモノレールのようなサイズであるため、外しようがない――と彼女は思ったのだ。


 ドウッ!

 バラ…バラバラッ!

 フレアボールは、ちょうど大蛇の体色の境界線(地面に触れる腹は灰色で背中は黄土色になっている。典型的はの蛇の色だった)を捉え、白と茶の鱗が中空に舞った。

 鱗とはいえ、その一つ一つは大きさも厚さも“スマートフォン”ほどあって、バラバラ、ガラガラと屋上のコンクリートの床を叩く音は、とても動物から剥がれた皮膚とは思えない硬質な耳障りがした。だがそんなことはいい。

 ともかく手ごたえはある!

『砲歩兵!!』

 マリーは砲歩兵に、撃て!と叫んだ。


 このPHIDIASものがたりはSFを名乗るには、もうなかなかトンデモな領域に足を踏み入れつつあるが、剣と魔法のファンタジーではないという矜持がある。無からエネルギーを発生させるような魔法はNGだし、運動量を無視して片手で大剣を振り回してはならないし、その動物が有機物(共有結合)でできている以上、たとえば鉄などの金属結合で結びついている物質と同等の硬度を持っていてはならない――というのが本書の約束だ。

 物語的にはこの大蛇がBOSSドラゴンのように圧倒的に強い方が盛り上がるのは分かっているが、残念ながら(いやサウロイド達にとって幸運なのだが)そういう事は出来ないのだ。つまり何が言いたいかというと――


 

 文明の利器で倒せないわけがない。


『ち、ちくしょう…!大丈夫か』

『自分は! しかしキャノンが故障しました』

『こちらもです!』

 トラックに跳ねられたかごとく砲歩兵たちは散り散りに倒れていて、それだけならまだいいが、二人かは背中からコンクリの床に叩きつけられたせいで、キャノンが機能不全だという。

『サーモ少尉は川に落ちたようです!無事ならい――』

『うるさい!俺がいく!くそが!』

 オルネガ大尉はその味方も撃ってしまいそうな剣幕で怒鳴ると、50kgもあるキャノンを背負っているのにヒョイと立ち上がり駆け出した。大蛇の薙ぎ払いをうけ30mも吹っ飛ばされていた彼は ――もちろんそこからでも射撃は届くが―― 最大火力を叩き込むため大蛇の懐へ飛び込もうとしたのである。

 そして走りながら背中の二門にフレアを精錬チャージした。

『溜まれ溜まれ溜まれ!』

 7人の砲兵のうち、2人は噛まれて絶命、1人は川に落ち、2人はキャノンが故障中……砲兵隊は自分を含めてあと2人しかいなくなってしまった。


――許すまじ!


『死ねぇ!!』

 このとき、ちょうどマリーがいい囮になってくれていた。

 さきほどのマリーの攻撃に怒った大蛇が、彼女に噛みつこうと首を持たげたそのとき、そのアーチの下にオルネガが飛び込んで、蛇の下あごにフレアボールキャノンを二門同時に浴びせたのだ!


 バウゥ!


 機甲兵の腕(しかもサウロイドの腕は人間われわれよりもか弱い)に懸架できる小型のフレアボール投光器ランチャーと、砲歩兵のキャノンでは威力が段違いだった。またスマートフォンのような大きさの鱗が周囲に舞い散ったが、直撃した部分はその鱗が砕ける猶予も与えずに一瞬にして溶かし貫通、大蛇の首を切断したのである。

『見たか!』

 声帯が無い代わりに表情だけで断末魔を演じたかのように、蛇の顔は大きな口と牙を誇りながらズズーンと崩落した。

『…ふふ、はははは。ざまぁ見ろだ』

 オルネガ大尉は、その600kgはありそうな顔を見て「がははっ」と景気よく笑う。朴訥とした者が多いラプトリアンの中で彼は特別に粗野な男である…が今は頼もしいことだ。と!

『大尉!!』

 そんな祝福ムードを切り裂くように、レオが叫んだ。

『…!? な!』

 月面服のヘルメットは視界が狭まるばかりか、その気密性のせいか、何より気配というものが感じられなくなるのが良くない。いくら蛇が消音性ステルスに優れているといっても、レオが声をかけるまでオルネガとマリーが、もう一匹の大蛇が自分達を狙っているのに気づけなかったのは月面服のせいであったのだ。


『――ふ、不覚!』 

 そのとき、突進してくる大蛇を見たときマリーは完全に死を覚悟した。

 アドレナリンが出て周囲はスローに見えるが体の反応は追いつかなかった!全身をバネにすることで(つまり体が長いほど終端速度は増すことになる!)顔面を加速させながら迫ってくる大蛇…その大きな口を回避しきれないことを彼女は悟った。皮肉ながら全速力で回転する彼女の脳がそう結論付けたのだ。


 しかし次の瞬間、さらに別の思いもしないことが起きた。

 まるでアメリカのコメディアニメのように、彼女の体の1m手前で大蛇の口がバクッと閉じられたのである。むろん手加減したのではない、大蛇の体がビンッと引っ張られて、彼女まで顔が届かなかったのだ。

『い、いったい!?』

『蛇の尻尾をかが引っ張っているんです!マリー今のうちに』

 レオが叫ぶ。さらに

『川に引きずりこもうとしてやがるぞ。エースの野郎か!?』

 とオルネガも続いた。

 しかし、もちろんエースのわけがない。


 その反撃はエースではなく、こちらの地球しぜんからの反撃ともいえるものだった。そう――

 舐めてもらっては困る。

 大蛇よ、ここは恐竜が滅びなかった地球なのだ。

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