第435話 起死回生
プレデター製の宇宙服は、仮面ライダーのスーツに似ている。昭和の、というよりは平成のそれに似ている。(筆者は一作品もライダー作品を見たことがないが、ともかくそのルックはわかる)つまり顔はもちろん、胸や肩、肘や脛に全体の印象を作る装飾(いや装甲か…)があって、それ以外の上腕や腿の内側などの激しく可動する部分は暗い色のタイツのような伸縮性の素材で誤魔化されているわけだ。
ヒーローショーならいざしらず、これで宇宙服であるというのがプレデターの技術のすごいところでしかも――
「はぁ…はぁ…」
保温性もばっちりで、ナオミはこのマイナス100度の月の地下通路で汗さえかいている状態だった。もっともそれは冷や汗である…。
――――――
シュゥ…シュゥ…
プラズマキャノンの直撃を受けたケンタウロス型の奇形エイリアンはまるで水風船のように弾け飛び、そのバラまかれた強酸の体液のせいで壁や床からはシュゥシュゥと黄土色の煙が立ち込めていた。いや…
その煙が黒鎧と一行の間の多少の目隠しになってくれたので、おかげで、と言うべきだろう。
ブルースはさすが武道家で肝が据わっていて(いやアニィもそうだ。伊達に宇宙飛行士ではない)いまギャアギャア言ってもしかたないことを理解しており、できる中で最善のこと「黒鎧に完全に背中を見せて、ただただエアロックの手動ハンドルをまわすこと」を続けた。黒鎧が戯れに襲ってくれば、左腕を失って酸素も尽きかけの自分に成す術はないのはわかっている。だから無駄に
一方。
黄土色の煙をスクリーンにした黒鎧の影もまた動かない。
黒鎧はただエイリアンの腕を斬った刀を訝しげに検めているばかりですぐに襲ってこようとはしなかったのである。彼らを舐めきっているのか、戦意(いや好奇心)を失ったのか、刀の切っ先の光沢が失われていくのを見つめているばかりである。
だが、まだ何をするかは分からない。なにしろI-SIPは蟲人族の名前の通り、
以前その抜刀術をカマキリやシャコの例で説明したが、実際に黒鎧はそういう力を溜めてから一気に放出する仕組みが体に備わっているのかもしれず、いまは力を溜めている、筋肉を休ませている時間である可能性も十分にあるのだ。
「……」
ナオミはこの間、プラズマキャノンの砲口を黒鎧に向け続けた――プレデターマスクで表情が伝わるわけもないが「勝ったな」という笑みを添えて、である。
つまりブラフ(ハッタリ)というヤツだ。
左腕のコンピュータガントレットは「ビー…ビー…」と赤く明滅しキャノンの残弾数がゼロである事を訴えているが黒鎧にそれが伝わることはないだろう。いや伝わらないでくれと祈るしかない。
そんな綱渡りの駆け引きが十数秒続いた、そのとき。
「来い!」
ずっと鳴り続けていた「ゴラン…!ゴラン…!」という滑車の回る音、エアロックのゲートを開くためにブルースがハンドルを回す音が止まったとか思うとその刹那、ナオミは背後から呼ばれたのである。
「…!?」
プレデターは単身での狩りが基本であるために、仲間という概念が希薄な彼女はその「来い」が「ゲートが開いたぞ。一緒に逃げるぞ」という意味であることを理解するのに、一秒ほどの時間を要した。だがいずれにせよ、さきほどからブラフのため一切の視線を黒鎧から動かす事ができなかったので気付かなかったが、背後でブルースは酸素供給が止まっているというのにやり遂げてくれたのだ。いやブルースだけでない。アニィは小柄な体を活かして隙間から先にエアロックに入室すると、そちら側の壁にも据え付けられた手動ハンドルを回すことで二人がかりで一挙にゲートを開いたようである。
――よくやってくれた
ナオミは素直に安堵した。エイリアンから助けてやった甲斐があるというものだ。
「いや…!」
だがナオミはそれを断った。
「行くのは貴様らだけだ」
「なんだと!?」
ブルースは仰天する。黒鎧と対峙したまま振り向きもしないナオミの背中に、思わず“仲間として”叫んでしまった。
「無理だ、勝てるわけがないだろう!誇りやしきたりのために死ぬ気か!?」
「いいからいけ」
「勝負には次がある!死んだら終わりだ。来い!」
「そうではない…」
――そうではない?
と!
「きゃあ!」
ブルースの背後、先行してエアロックの小部屋に入っていたアニィの叫び声が響く。ブルースはもちろん、何事だ、と振り向こうとしたがその瞬間。
ドン!
エアロックのゲートの前に立ちふさがっていたブルースは、何かに張り倒しにされた。エアロック側から何かが飛び出てきたわけであり、彼は一瞬アニィが飛び蹴りでもしてきたのかと思ったが、もちろんそうではなく――
「!!?」
うつ伏せになったブルースが視線を上げると、目の前にオオカミがいたである!
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