第66話 ファロ女史の サピエンス見聞録(前編)

 人類とサウロイドの科学技術はほぼ拮抗していたが、分野ごとに発展と未開に多少の偏りがあり、こと


 このことが、人類が化学反応式の火砲キャノンを好み、サウロイドが電磁式の質量兵器レールガンを好んだことの要因であるのだが――

 この原因について、後世の2061年にサウロイド側の「文化異人学」の第一人者であるファロ女史は「人の生物的な欠陥が化学の発展に寄与した」という面白い説を提唱している。


 それを紹介したい。


 彼女はに長期滞在した最初のラプトリアンになるのだが、その交流の中で人類が非常に多様な食性を持っている事に気付いた。当初彼女は、これは文化的な違いであり、自分達より人類が「音」に関して無頓着であるように、自分達より人類は「味」に煩いのだろうと思った。

 彼女にとって人類の「音楽」は幼稚で、いくつか良い曲もあったが、単純で繰り返しも多く、何より音階が狭いためにまるで子守歌を聞いているような気分になるものだった。これが「自分達サウロイドより人類は音に関して鈍感だ」と彼女が報告した理由である。

 一方、人類と一緒に生活する中で、彼女が文字通りものがった。それが「食事」である。人類の「食」はたいへん難解で奥深く、きちんと愉しむには集中力とリテラシーを必要とするような、芸術に近しい成熟したものだったのである。

 もちろん、にも食を愉しむ文化はある。しかし、きっとサウロイド達が提供する「グルメ」を人類が食したなら、味が単一的で食感は無頓着で…きっと離乳食ぐらいな幼稚なものに感じる事だろう。

 彼女が人類の「ミュージック」にそう感じたように。


 いずれにせよ、人類の食文化は自分達の数万年先をいく…というのが、彼女の最初の報告だった。


 これだけなら、まぁ、あまり益体の無い内容である。


 ただその報告のあとで、彼女はその食を豊かにしている要因、翻っていえば「人類の欠陥」に気付いた。

 それは誇張ではなく、生物にとって致命的な欠陥で「自分の肉体の維持に必要な有機化合物を自分の肉体内で精製できない」というものだった。


 ファロ女史の二回目の報告はこうだ。

『彼らはその、体内で精製できない有機化合物を「ビタミン」と呼んでいて、一部の科学者だけでなく誰もが知る極めて一般的な物質になっている。我々の世界の一般人でもメタンぐらいの単純な有機化合物は知っているだろうが、誰がアスコルビン酸(ビタミンC)など知っていようか。生物化学の学生がようやく知るレベルの物質である。一方で彼らの世界では「ビタミン配合」が子供の菓子の売り文句になるほどで、彼らの中ではメタンやベンゼン環といった基礎的なものよりビタミンの方が化学物質としては通りが良いだろう』


『なお実際のところ「ビタミン」という物質は存在しない。彼らが言う「ビタミン」は化学的には統一性は無く、ともかく体内で精製できない生命維持に必要な物質群、という括りになっており、その種類は驚くべきことに数十に及ぶようだ。もちろん我々にも、体内で精製できない生命維持に必要な物質、つまり彼らの言う「ビタミン」に相当するモノが存在する。しかしそれは「カロテノイド」をはじめ数種類のみなので、わざわざ「ビタミン」という総称を使う必要がないのである。数十種類をバランス良く摂取しなければ生命が維持できないという彼らが、生物としていかに重篤な欠陥を抱えているか分かるだろう』


 ここから、ファロ女史の議題は核心に迫っていく。

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