第67話 ファロ女史の サピエンス見聞録(後編)
サウロイド勢力としては初の、人類側の地球に長期滞在したラプトリアンであるファロ女史はこう分析した。
『人類が
さて。
ここから、ファロ女史の議題は核心に迫っていく。
その核心とは、なぜ人類の方がサウロイドより化学の分野に長けているかである。
しかし、勘の良い人はもう気付いているかもしれない。そう、この人類の”重篤な欠陥”が化学という学問の始まる時期を早めたというのである。
彼女はこう続ける。
『この生物的な欠陥は、疑いようも無く彼らの弱点であるが、同時に化学物質という概念に気付かせる福音になったようだ。同じ腹を満たすものであっても‟栄養”に違いがあることを、彼らは前史以前に気付く事ができたのである。肉だけを食していればそれで十分という我々の祖先とは全く違う経験を彼らはしたのだ。そして、その‟経験則に基づく食べ物の効果の違い”は、やがて彼らを物質という概念、ひいては化学の探究心へと誘ったに違いない』
『知識とはコンコンと降りしきる雪のようなものだ。蓄積されるだけで何も起きない年月が続く事もあれば、1gに満たない一粒の雪がきっかけとなって、数万トンの巨大雪崩を引き起こす事もある。あるブレイクスルー、ある概念への気づきが、その分野の科学を一気に躍進させる事があるのだ。重力という概念が基礎力学をブレイクスルーしたようにである』
ファロ女史は、こう結ぶ。
『我々の手足には退化の最中というべき羽毛の名残があり、それは帯電しやすいという生物的な欠陥を抱えている。剃刀を持たない古代人はこのムダ毛にさぞ迷惑した事だろう。だがその帯電しやすいという不利益は我々に彼らより早く電気という概念に気付かせてくれた。ビタミンという不利益が彼らに化学の概念に気づかせたように…。このように一長一短ではあるのだから、相手をうらやんでも仕方あるまい。だから素直に認めるべきである』
『物質化学は
これこそが―――
サウロイドがフレアボールとレールガンを持ち、
我々人類が自律誘導ミサイルとドローンを持っている
――その理由である。
――――――
―――――
――――
閑話休題。
場面は2034年のヒューストンに戻る。時刻は午前4時前。
煌々と蛍光灯が照らす室内は日中と変わらないはずだが、どこか眼前に白い薄膜が張っているような感覚を覚える。体内時計がさせるのだろうか、あるいはこの時間でも働いている技師達から放たれる疲労か何かのせいだろうか。
ネッゲル青年は、異星人(彼らはサウロイドの存在を知らない)の砲台が回頭する様を映すモニターを食い入るように見、それから振り向いて大尉に訊ねた。
「何を狙ったのでしょう…!?ずいぶん射角が浅いようだ」
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