第68話 E=hν 使徒のビームが目に見えない理由

 場面は2034年のヒューストンに戻る。時刻は午前4時前。

 ファロ女史の余談を挟む前から再開しよう。


 ネッゲル青年は、(彼らはサウロイドの存在を知らない)の砲台が回頭する様を映すモニターを食い入るように見、それから振り向いて大尉に訊ねた。


「何を狙ったのでしょう…!?ずいぶん射角が浅いようだ」


 映像は地球から見た月面の様子なので俯瞰であり、正確には分からなかった。

 しかし、砲身がまっすぐ地面と水平になっているのは間違いないなさそうだ。つまり射角は浅く、空を狙ったのではなく地上の何かを狙ったという事になる。月面に何らかの脅威がいるのだろうか。


 これは人類にとっては驚くべきことだ。

 (我々は、そのレールガンはエイリアンを狙ったものであると知っているが、彼らはその事情を知らない)


「いったい…何を…」

 ネッゲル青年は驚きのあまり意味もなく繰り返した。

かはわからん。だが…」しかし大尉は飄々としている。「かは分かる。だ」

「レールガン!?」ネッゲル青年の驚きは安堵の色を帯びた。「なるほど…意外に原始的ですね」

「だろ?」

「何を狙ったのか、という不安は残ります。狙うべき対象が月にいるのか…あるいは仲間割れか…しかし。いずれにせよ…しかし…!」


――しかし! レールガンごときの技術レベルならば、勝てる。


 まだ言語化されていないが、彼の心に広がったのはそんな硬質な鋭い安堵だった。


 頭の中にもやのようにかかっていた眠気は吹き飛び、ネッゲル青年は凛呼として言った。

「もう一度お願いします。あ、スローモーションできますか?」

「できます」技師は丁寧に頷いて、キーボードを叩いた。ネッゲル青年は今は学生身分、UNSAの呼び名ではインターン准尉に過ぎないが、卒業すればすぐに自分の上官になるのを彼は知っていた。「少々、お待ちください」

『勘が良いな、准尉」

 急いているネッゲル青年とは対照的に、大尉は非番の者のデスクに半分腰掛けニヤニヤしているばかりである。

「だって映っているはずでしょう?レーザー砲などでなくレールガンだというなら、この普通の映像にも。


 普通の映像、紫外線やX線などに画像処理をしていない人間の目に見えるままを映したこの映像にも、レールガンならば放った弾体が映っているだろう、とネッゲル青年は指摘したのである。


 その通りである。

 ネッゲル青年は絵に描いたようなマッチョなキャラクターだが、軍のエリート頭脳も明晰で、実際のレーザービームが目に見えない事を知っていた。

 アニメの中ではレーザービームは緑だったり、黄色だったり、ピンクだったりと目に見える色で表現されるが、実際に実用化された場合、それは可視光であるはずがない。

 レーザービーム、つまり光のエネルギーはプランク定数(h)と振動数(ν)の積であるので※何かを破壊するほどに強烈な光ならば、それ相応のとてつもない値の振動数が必要になるのだ。

 ※電磁波のエネルギー(E)=プランク定数(h)×振動数(ν)


そんな超々高振動数の電磁波(光)を、人は色として見る事をはできない。


 たとえば人間の目に見える中で最も振動数が高い色は紫だが、そんな振動数では兵器にならない。紫からさらに振動数を上げると文字通り「紫外線」となるが、その火力パワーはご存じの通り「日焼けさせる」程度に過ぎないのだ。しかもその、‟日焼けという火力”を達成している時点で、すでに人の目に見えない振動数の領域に入っている。これをさらに破壊力を持つまでに火力を上げるとすると、そのレーザーの振動数はいったいどれほどになるだろう。軽くX線は超えるはずだ。少なくとも…いや絶対に肉眼で見ることはできまい。


(そういう意味では、さすがエヴァンゲリオンのビームの描写は正しい。ミィョン!という独特のSEで使徒がビームを放つと、ビームの射線自体は見えず着弾後の爆発だけが肉眼で見えるという表現になっている)


 かくいうわけでネッゲル青年は――

異星人の砲台がレーザー砲じゃなくレールガンなら目に見えるはずだ

 ――と問うたわけである。

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