第69話 月の軍団(前編)

 かくいうわけでネッゲル青年は――

異星人の砲台がレーザー砲じゃなくレールガンなら目に見えるはずだ

 ――と問うたわけである。


「そのとおりだ。しかし…」

 大尉は肩をすくめた。困った風ではなく、どこか不敵に楽しげにである。

「何です?」

「いいから見てみろ。面白いぞ」

 ネッゲル青年は感情が顔に出やすい。見るからに怪訝な表情を浮かべ、それからモニターに向き直った。

「いったん、1/10倍速で見てみましょう」技師が言った。

「どれ…」

 ネッゲル青年は食い入るようにモニターを凝視したが、視認できたのは発射前のレールガン砲台から漏れる弱いスパークと、発射の瞬間と思われる強いスパークの二つだけだった。肝心の弾体レールガンが映っていない。


「やはり、レーザーなのでは?あるいは未知の兵器か…」

「違う。おい、フレーム送りにしろ」大尉は技師に向かっていった。

「はい」技師は映像の時間を発射前に戻してから、今度はキーボードの「→」をパチパチと叩いた。キーボードを叩くごとにパッパッと映像が紙芝居のように送られていく。

「うむ…しかし面白いですね」

「何がです?」大尉ではなく、技師が応えた。

「建造物です。この月面基地は異星人のものとは思えない」

「ああ、そうですね」

 映像をコマ送りにして検めながらネッゲル青年と技師は談笑する。一方、背後の大尉はコーヒーメーカーに向かったが――

「あ、大尉!」技師がそれを察して制した。「いつ淹れたものか分かりませんよ!」

 しかし言われた大尉はにべもなく、カフェインが変質していなければ構わんよ、と応えるだけだった。

「はぁ…」

 ネッゲル青年と技師は顔を見合わせてやれやれと肩をすくめると、それ以上は何も言わず、またキーボードの「→」を叩く作業と談笑に戻るのだった。


「まぁ、確かに。たとえば民間企業が造った月面ステーションと言われても納得してしまうでしょう」技師が言った。

「まったく。技術の収斂進化というべきか…利便性を突き詰めると同じ形になるのですかね?」ネッゲル青年は腕組みをした。鍛え抜かれた三頭筋が盛り上がる。

「しかし」技師は鋭く言った。「そのためには便はずです」

「なるほど…」

 鋭い洞察にネッゲル青年は気圧された。彼はリベラル保守を絵にかいたような人間だが、やはり技師に対して表舞台の人間ではないという侮りがあったのだろう。

「たとえば、便でしょう」

「そうか…ですね」青年は虚をとられて素直に頷いた。「建造物が似ているという事は…つまりは、使用者も似ているという事になるのか。技術力だけでなく、異星人はかなり我々に似ているのかもしれません」

「あるいは、人類だったりしてな!」

 背後でコーヒーを汲みながら大尉が言った。距離があるので少し声を張っている。

「ムーンマンはやはり古代の宇宙飛行士でさ。ムーンマンを先遣にして、それから月に移住した超古代文明があったのさ」

「冗談でしょう?」

「アトランティスは大西洋じゃなく、月にあったのさ」

「まさか!」ネッゲル青年と技師は再び顔を見合わせて肩をすくめた。

「…まぁ半分冗談だが、どっちが可能性が高いだろうな、科学的に見て。いまは古代文明説より異星人説が主流だが、それにしちゃあヤツらの科学力が低すぎるのが気になる。恒星間飛行なんて口で言うより簡単じゃない。そんな異星人がレールガンなんて使うと思うか?言っちまえば投石機だぞ」

「まぁ…」ネッゲル青年は適当に頷いた。彼の現時点での興味は‟敵”の出自などではなく、ただただ‟敵”の軍事力に絞られていたからだ。


――仮に…

 とネッゲル青年は思索を巡らせた。

 仮に彼らの正体がムーンマンの末裔、月に移住した人類であっても衝突は回避できないだろう。

 征服とは言わないが、少なくともこちらが武力の上で優位に立たねばならない。もし圧倒的に武力で劣っていたら、交渉の余地すら与えられないのは歴史が証明している。

 「窮鼠、猫を噛む」という言葉のように、勝利するも手痛い反撃を受けると知っていればこそ猫は鼠の話を聞くかもしれないが、ダニやノミの話に猫は耳を傾けるはずがないのである。

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