第65話 Fly Me To The Moon...for fighting!

「異星人に動きがあったのですか?」

 映っているのは、もう見慣れてしまった異星人の月面基地だけだった。「…すみません。もう一度、再生してください。寝起きなもので」

 ネッゲル青年は目をこすりながら、モニターに顔を近づけた。


 異星人の月面基地…そう、それはサウロイドのホール1基地の事である。


 物語に対し多視点を持つ我々からすれば、「何をいまさら」と失笑してしまう話だが人類はまだ‟次元跳躍孔ホール”の事も、別の確率次元を持つ地球で進化した‟恐竜人間サウロイド”の存在も知らないので、その基地を恒星間を飛び越えて来た全知全能の異星人のものだと思い込んでいた。

 つまり7万年前、戯れに古代人を月に連れて行き、彼を世界で最初の宇宙飛行士であるムーンマンにしてしまった、神のごとき異星人の存在を彼らは今も信じきっていたのである。


「NASAからの映像だ。10分前だ」

「よくも…」

「将軍経由だ、直接の。意図的な漏洩だよ」

「なんと…」ネッゲルは馬鹿にされないように神妙に頷きつつも、内心ではくだらない事だ、と切り捨てていた。そういう政治の駆け引きは自分の性分ではないと辟易しつつ、雑念を払うように画面に集中した。


 ――と!

 画面のわずかな動きに彼は気付いた。

「…あ!? これですね…!」

 彼は振り向いて、念を押すように大尉の顔を見た。「異星人の基地の砲台らしきものが動いていますね」

「そうだ」

「何を狙ったのでしょう?ずいぶん射角が浅いようだ」

かはわからん。だが、かは分かる」大尉はニヤリと言った。「レールガンで、だ」

「レールガン!」ネッゲル青年は思わず叫び、そして言い直した。「レールガン…なるほど意外にですね」

 ネッゲル青年もまた、大尉ほどではないが不敵に片方の口の端をかすかに引き上げつつ頷いた。思わず出てしまったのだろう、彼らしくもない安堵と奸計を足しで二で割ったような危うい表情だった。


 すこし、補足したい。

 もちろん2034年でも人類にとってレールガンは兵器ではない。むしろ人類が持っていない技術である。

 だがこれは、人類は電磁力ではなく化学反応(爆発)で弾丸を押し出す方法を得意としたためレールガンの実用化は21世紀に入ってもさして進まなかったというだけで、その原理には200年も前に気付いていた。

 言い換えれば、必要が無いから持っていないだけで手の届かない超兵器という事ではないという事である。


 彼らの安堵というのは、サウロイドやホールの存在に気付いていない2034年の人類が「月面基地の持主とは、何らかの理由で7万年前に古代人を月に誘った異星人であり、彼らは途方もない科学力を持っているに違いない」と考えていたことに起因する。

 つまり、レールガンという自分達の手の届くレベルの兵器が使われた事実を目撃した地球人類は「相手は前述の神のごとき異星人ではなく、抵抗できうるレベルの知的生物に過ぎないぞ」と安堵したわけである。


―――レールガンだって? それならば…

―――勝てるぞ。

 狂暴で清々しい決意が、自分の背中にブワッと湧き上がるのをネッゲル青年は感じた。


――――――

―――――

――――


 少し横道に逸れるが、ここに関連する面白い余話があるので紹介したい。

 人類とサウロイドの科学技術の偏りについてである。


 二者の科学技術はほぼ拮抗していたが、分野ごとに発展と未開に多少の偏りがあり、こと。このことが、人類が化学反応式の火砲キャノンを好み、サウロイドが電磁式の質量兵器レールガンを好んだことの要因であるのだが――

 この原因について、後世の2061年にサウロイド側の「文化異人学」の第一人者であるファロ女史は「人の生物的な欠陥が化学の発展に寄与した」という面白い説を提唱している。

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