第64話 UNSAヒューストン基地(NASA併設)
しかしなぜ、サウロイド勢力のMMECレールガンの発射が、人類勢力が攻撃を決定させる要因となったのだろう?
その決断は組織全体としは752時間を要したが、UNSA(国連宇宙軍)の兵士達の個人の中では1時間もかからなかった。
今回は、数多の中の一例としてネッゲル少佐を見てみよう。
久々に登場する彼は、2034年現在、あのアタランタの夏の夜から5年を経って今や‟インターン准尉”になっていた。
(少佐階級になっているのは、この物語の第一話目の2061年の話である)
インターン准尉はUNSAの特別な制度で、あとはくだらない学科を残すのみとなった士官学校の5年生を、研修とかこつけて卒業前に徴兵できるようにした制度である。
そこまでして急いで学生を士官として登用したかったのは、彼らが宇宙戦闘のスペシャリストだったからだ。学生とはいえ宇宙戦闘に専心してのトレーニングを5年も積んだ者は人類の中にはいないので、彼らは23、4歳にして軍の中でも宇宙戦闘においては最ベテランとして君臨していた。
しかも、ネッゲル青年が代表するとおり彼らの志は高く、宇宙戦闘という教科書など無い未開の分野を若さと熱意で次々に開拓していった。後進の研鑽のために残したノートはやがて著作に変わり、無重力での立体白兵から、狭い宇宙ステーション内で筋肉を残すためのトレーニング方法のいろは、さらには月面でのマーシャルアーツまで彼らは第一人者として名を刻むことになった。
彼らは、明治維新の志士たちがそうであるように、歴史の変革期の青年士官というものは猛り、思考し、発憤し、若さという器に力と知識を溜め込んでいった。それはひとえに、未知の知的生命体(人類はまだサウロイドの存在を知らない)から人類文明を守らねばならないという使命感によるものである。
「――准尉!起きてください、ネッゲル准尉!」
ドンドン!
連日のハードワークで泥のように眠るネッゲル青年を、よく響く宿舎のドアが文字通り叩き起こした。
「何事です!?」
異例である。
UNSAが地上で攻撃されるいわれはないが、攻撃だったとしてもこういう起こし方はしない。
「ともかく早く!」
「わかりました、いま行きます」
それでも不平の一つも言わず、いや思いすらせず、ネッゲルはサッと飛び起きるとズボンとブーツだけを履いて廊下に飛び出した。
ヒューストンは午前3時24分だった。
朝もやに沈む赤い大地はまだ、さすがに肌寒い。
「来たか。見ろ」
「大尉!?起きていらしたのですか」
大尉と呼ばれた見るからに頭脳派のヒョロリとした男は、起きていたのかという問いには答えず陣取っていたモニターの前をネッゲル青年に譲った。
「いいから見ろ」
「は、はい」
ネッゲルは一瞬怪訝な表情を浮かべつつも、言われるままにモニターの前に進み出た。大尉のそばに行くだけで、タバコとインスタントコーヒーの匂いがした。
「…これは?」
ネッゲルは正直なところ、それが月面であるという事以外、何を示す映像か分からなかった。ティファニー山を最高峰として静かの海を形成するクレーターの一部、つまりムーンマンの遺体が見つかった地点のいつもの月面の監視映像であるというだけだ。
「異星人に動きでも、あったのですか?」
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