第63話 ダリの模倣者
[基地の者は…皆殺しですね]
[言わせるな、仕方あるまい。2つある鶏小屋の1つでインフルエンザが出たなら、片方を
ひどい言いようである。サウロイドの基地を養鶏場と比喩するばかりか、迫るメルトダウンを鳥インフルエンザに喩えるとは。
[ハッ、わかりました]
「しかし悪いのは奴らだ。使いこなせないのに核なんて持つからだ。鳥野郎が面倒をかけてくれる。あぁ忙しくなるなぁ!]
そう言いつつも首魁は、今度はどうしてか楽しげに言った。種族全体の性質なのかは分からないが、男は高く掲げられたオレンジ色のボールを尾ひれで蹴ってやろうと狙いを定めるシャチのように、面倒ごとを前に気分を高揚させているようだった。
彼は彼で、月の秘密基地で暇を持て余しているのかもしれない。だが、その暇を苦痛と感じ、安穏たる日々を是としないのは高次の生物である証拠でもあるのだろう。端的に言うと、頭の良い証拠である。
と――。
月の山を降る二人の視線の先、山の麓付近の地面にフッと黒い線が出現した。
地割れというには超自然的すぎる完璧な直線が地面に伸びたかと思うと、それは次第に太くなっていき、ついには長方形になった。長方形は5m×3mほど(おそらく黄金比だ)の大きさで、首魁と従者なその地面にポッカリ開いた人工的な穴に向かって事も無げに歩み寄っていった。
そうだ。砂埃の一つも巻き上げないので気付かなかったが、これは彼らディープシーライブズの秘密の地下基地への入り口であったのだ。
地面にぽっかりと空いた長方形の穴の向こうは真っ暗だが、ときおり地球の光が微かに映り込み、何かが揺らめいていた。
暗い上、月は無風で重力が低いせいで波紋があまりにゆったり動くため、最初は粘性の高いタールか何かに見えたが、どうやら違う。
これは水、まごうことなき水である。
つまりこの地下基地は水で満たされていて、その入り口が地面に口を開けば、さなが井戸のよう構図になっているのである。
それはまるで、ダリの模倣者の絵のようだった。
宇宙を表現した漆黒の空に青く瑞々しい地球、それ背景にして
そんなシュールな光景であったからだ。
[あのグソクムシは残念だったな。手に入れたかった]
その井戸に向かって、二人の、人ならざる者が歩いている。これもまたシュールであった。
[仕方ありません。ご寛恕を]
[戦士のくせに、その言葉遣いをやめろ]
首魁はそう言って爽やかに苦笑すると、地面を切り取るかのように超常的にぽっかりと口を開けた井戸に飛び込んだ。ザブンと吹き上がる水しぶきが、もはや形而上の存在にさえ見えた月面に寝そべる黒い長方形を形而下に引き摺り下ろし、ディープシーライブズ達の基地の入り口として再定義してみせた。
奇妙すぎる光景から掻き立てられる感情はさておき、そこから分かる現実的な事実は「
――――――
―――――
――――
こうして…
ディープシーライブズ勢力は、サウロイド勢力が建設して今やエイリアン勢力の巣に墜ちたホール3仮設基地への奇襲を決定した頃(こうして文字にすると、まるでエルサレムのようだ)時を同じくして、ヒューマンビーイング勢力、つまり我ら人類勢力もまた攻撃の決意を固めていた…!
この決断は、サウロイド勢力がMMECレールガンを発射した事に依るものであった。サウロイドのレールガンの発射を人類が観測したのを0時間とすると、UNSA(国連宇宙軍)の総意としては752時間を必要としたが、UNSAを構成する兵士たち個人の中では1時間を必要とせずに「攻撃」を決断していた。
それは言い換えれば、「月面に謎の知的生物の基地があるのは分かっているが手を出してよいかどうか…」を迷い続けていた軟弱な人類が、サウロイドのレールガンを見るやいなや、その逡巡から解き放たれ「攻撃だ」と決断したという事になる。
しかしなぜ、サウロイド勢力のMMECレールガンの発射が、人類勢力が攻撃を決定させる要因となったのだろう?
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