第194話 ムーンリバー渓谷からのビデオレター
ムーンリバー渓谷の戦いが、終わった。
人類の揚月隊70余名は狭い渓谷の底で、サウロイドが有す
一方、サウロイド側のたった一人の斥候としてテクノレックスを引き連れて出撃したエースは、本来であればテクノと敵部隊の戦いを渓谷の上から文字通り高みの見物をするはずだったが(テクノを捨て駒に敵部隊の戦力を推し量るはずだったのだ)、ネッゲル青年率いるM-7小隊のカウンターアタックを受ける事になった。
こちらの小戦闘も血で血を洗う死闘となり、彼は負傷しつつも最終的にはM-7小隊4名全員を返り討ちにとった。そして彼は隊長のネッゲル青年の死体をサンプルとして回収し、サウロイドの基地に戻るのであった。基地でネッゲル青年の宇宙服を剥ぐとき、それがサウロイドがホモサピエンスを見る史上初の瞬間になるだろう。
――――――
―――――
月軌道を回る宇宙艦隊が、この「ムーンリバー渓谷の戦い」についてを知るには30分後のことだった。無数の中継衛星が回る地球とはワケが違って、月の裏側にいるときはビデオレターを受信できないからだ。
「データ欠損率60%ですが…」
旗艦デイビッドのブリッジの天井に備え付けられた大モニターに電源が入る。少しでもエネルギーを無駄にしないため普段は貧乏くさくモニターの電源は落とされているのだ。
「
管制官がキーボードを叩いてプログラムを調整している。宇宙船の乗組員は少数精鋭、兼業が基本なので何でもできるのだ。
「頼む。……さて。さっきほど回線が開いた一瞬、ノリス大尉が発した言葉が本当かどうかビデオを見ればはっきりするだろう」
艦長の真之の言葉は真剣だが、デスクの回りはチョコレートブロックやチューブ詰めのコーヒーが浮かんでいて休養中であるのを物語っていた。とはいえ安全な軌道を周回している間に艦隊がやれる事は無いのだから休んでおくのは大切な事である。
「ロボットに襲われたなんて、にわかには信じられないけれど」と、副艦長のアヌシュカは肩をすくめた。
「嘘はつかないだろ」
真之は苦笑する。苦笑でもしなければ、やってられない。
「まぁ…」
「もし敵が陽月隊を奇襲したというなら、それほどの戦力を持っていないと言い換えられるだろう。危うい背理法になるが」
ボーマンが独り言のように言った。
「そうですね」
「といいますと?」
真之は頷くが、アニィ(アヌシュカの愛称)は質問で返した。
「なぜって。遭遇戦なら
アニィはさらに首を傾げた。
彼女はインドの航空宇宙局出身なので操艦技術にこそ長けていたが、陸戦の知識がサッパリ無いようだ。
「だからさ、基地の周囲をパトロールしている部隊とぶつかったなら遭遇戦。相手も驚いて浮き足だった闘いになるだろう?でも今回は周到に練られた奇襲だった」
「それは、そうね」
「前者の場合、ほかにパトロール部隊がいる事になるだろ?分散させている戦力の一つとバッタリ出くわした、という形になるのだから」
「なるほど」
ここまで聞いてアニィはようやく分かったようだ。それ以上の説明は不要だったが、それでも礼儀として真之の講義を中断する事無く聞き続けた。
「な?けれど後者、つまりもしそれが奇襲ならそうじゃない。敵を倒すための奇襲なんだから手中の戦力を集めて投入するだろ?」
真之は身振りを交えて説明する。この辺りはアメリカ生活が長い彼ならではだ、日本人はここまでアクションをしない。
「そして今回の戦闘が敵の待ち伏せ、計画的な奇襲だったというなら敵の戦力はこれがせいぜいだったというわけだ」
これ、とはノリスから通信で聞かされた、奇襲に参加した4体の機械恐竜とやらの事である。
「なるほど」
「ともすると、敵の基地は‟がらんどう”なのかもしれん。…あの対空防御(レールガン)は自動制御だった可能性もある」
「十分にありますね」
ボーマンの指摘に真之も頷いた。希望的観測なのか、実際にそう思ったのか、明確に線引きはできまい。
と、ちょうどここで――
「映像、出ます」
管制官が言った。ブゥンとブリッジの大モニターに電源が入った。
「さて…」ボーマンは無重力だというのに座り直して視線を鋭くした。「すべてはこれでハッキリするだろう…」
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