第497話 拝樹教徒の黒門(後編)

 深い墓穴の中で蘇ったゾンビは、こういう光景を見るのだろう。


 捕虜となったラプトリアンのマリー少尉が、木枠で囲まれた堅牢な穴の中から夜空を仰げば、ちょうど北極星を覆うようにそのは立っていた。

いでよ。梯子など要らぬはずだ」

 男はマリーから見て3mほど上になる穴の縁に屹立している。

 まるで順関節の直立二足歩行を、逆関節のラプトリアンに誇るかのように姿勢が良く、下を覗いているというのに体どころか首も真っ直ぐな姿勢を堅持しており、代わりに目だけがギロリと眼下の彼女に注がれていた。

 そう、その男とは預言者ゴールデンスキンである。


 ゴールデンスキンの身長は2メートル近くあり手足も長い。ほかの猿人間とは骨格が違う、という感じだ。もし肌や服装が普通であっても、ほかの素朴・清貧な連中とは違うというのは一目瞭然だろう。

『足が折れているのよ』

 ゴールデンスキンに上から睨まれるマリーは、言葉こそ分からないが「出ろ」と言われたのを察し左の折れた足首を指し示した。見れば、その足首は硬く大きな葉っぱを使った包帯とつたによって固定されていた。

『ほらね』

 今まで真っ暗な縦穴の牢獄に閉じ込められている彼女の図しか見ていなかった気付かなかったが、どうやら彼女は触覚で察していたようだ。折れた足首をさすったとき、葉っぱとは分からなかったとしても何らかの治療をしてもらっていることを。

「それか。に感謝するのだな」

『何を喋っているのよ……』

「さぁ片足で跳んでみせよ」

『やっぱり「殺す」と決まったのかしら? 毒蛇を投げ入れる?火を投げ入れてみる?』

「竜よ、さぁ跳べよ」


 ………。

 もちろん言葉が通じないため、その場に沈黙が広がる。

 ゴールデンスキンとしてはラプトリアンが片足でも3m穴からビョンと飛び出すところを見たかったようだ――まるで虫かごのカブトムシの前に文鎮を置いてそれを動かす様を見たがる(できるわけがない)子供のように。


「…残念だ」

 しばらくしてゴールデンスキンは、本当に残念そうに呟いた。サディスティックでも酔狂ではなく、純粋に各生物が持つ機能美アクションを見るのを期待していたようだ。チーターの疾走、トンボの飛行、そしてラプトリアンの跳躍をである。

「もうよい」

 ゴールデンスキンは傍らの猿人間(拝樹教徒)の一人に目で合図した。

「ハシゴを下ろせ」

「はい」

 待ってましたと猿人間たちは準備してあったハシゴを穴の中に下ろした。そして、そのシチュエーションだけで十分に分かるというのに、長い槍を持ち出しては穴の底のマリーの背中や尻を小突き、ハシゴに掴まるように仕向けた。

『やれやれね…』

 マリーは腹立たしく思い抵抗してやりたくなったが、それをすればなおのこと「捕まえた野生動物感」が相手に刷り込まれるだけだと自制し、屈辱のままハシゴを登った。


――――――

―――――


 マリーはいま、全裸である。

 ラプトリアンもサウロイドも人類と同じ被服の文化があり(被服の文化が芽生えない文明というのはあり得るのだろうか)裸は恥ずかしいものだ。

 ただ性成熟のアピールがペニス(人間のはゴリラよりはるかに大きいそうだ。なぜなら異性へのアピール、つまりクジャクの羽と同じ意味合いがあるからである)だったり乳房だったりする人間と違って、ラプトリアンもサウロイドのそれは手首から肘のラインに生える羽毛のが成熟のアピールである。綿毛のようなら子供、太く立派な芯を持つ羽になっていれば大人……そんなレベルであり、猛禽類のように雄雌でこれと言ったアピールを持たない。

 つまり裸であることは人類ほど恥ずかしいことではないのだ。まして今マリーがしているように「むしろ相手こそ下等な動物だ」という反撃的な自己暗示をかければ、裸で気にならなかった。そんなことよりだ――

『信じられない…!!』

 マリーは自分の置かれている状況などどうでもよくなる驚嘆の中にいた。

 縦穴式の牢獄からハシゴを登ったとき、視界に飛び込んできたのは見たことも無い原始文明の村…いや街だったのだ!

「とまるな!」

「歩け」

 驚いて立ち止まったマリーの両脇を、グイッと猿人間が引っ張った。

 彼女はいま前後左右を4人の猿人間、そしてさらにその前をゴールデンスキンにえい航される形で、彼らの本拠のど真ん中を進んでいる。


『……いったい…?』

 その街は古代文明のそれであるのは違いないが、博物館で見たサウロイドの古代文明(メソポタミア文明に近い。草原の民だ)の想像図とはまるで趣が違った。サウロイドの文明が古代式コンクリート造りのしっかりとしたの連なりだとするなら、こちらは木や石を使った、壁で密閉されていないコテージの群れがオーワのジャングルと一体化するように広がっていたのである。むろん、それは地上だけでない。地上が倉庫や作業(造船も食肉加工もしていた)や家畜の飼育場だとするなら、住居スペースは生きた木をそのまま支柱に使ったツリーハウス型になっていて、マリーが物珍し気に見上げると二階から子供たちが同じく好機な視線を送り返してきた。

 規模も段違いだ。

 オーワの森は、奇しくも都会と同じくであり、夜行性の恐竜達が夜通しギャァギャァ喚いているのだが、それに負けないほどにこの村の灯も騒がしく、しかも森の奥までずっと続いているように見えた。

『こんなものを見つけられないなんて…』

 オーワ(アマゾン)はともかく広大だ。見つけられないの無理はないが……

『何か、村を隠しとおす秘密があるのかもしれない』

 マリーは敵の本拠を目の当たりにしつつ、仲間にそれを伝えられないことに忸怩した。彼女を全裸にしたのは凶器を隠し持っているかもしれないどうこうではなく、もちろん通信機器の類をはく奪するためであろう…。


――どうする?

 首長の話し合いの結果「やっぱり殺そう」となるかもしれないし、ウィルスに感染して死ぬかもしれない。死なないまでも猿人間から未知の病気をもらうのはあり得る話だ。

――そうなる前に少しでも仲間の役に立つにはどうすればいい?


 マリーがそんなのことを考えていると、突然、彼女を引き連れている一向が立ち止まった。

『…?』

 もちろんマリーも不思議がって前方を見やった。

 しかし、そこには

 あるのは二つの縦長の巨石がストーンヘンジのように並んでいるだけであり、そのその間には……不自然なほどに


『!? いえ…!』

 こんな騒がしいオーワの森の中では何も無いということはあり得ない。それはつまり「何も無い」があるのだ。


『これは…次元跳躍孔ホール…!』

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