第345話 蟻の兵(前編)
その地下の大空洞を満たすコールタールのような闇に対して、針のように細くしたライトを横に突き立てると、30mほど先から光が朧に戻って来てそこに何か人工の建造物がある事が分かった。
それがサウロイド達が建設の途中で放棄した第二の月面基地の残骸である。
地上から垂れ下がった
闇と沈黙だけが支配する月の地下洞窟である…。
「しかし…」
ブルースは足の裏で地面を掃くようにして確かめながら別の事を考えていた。しかし、そう問題は――
「この裂け目は何かが掘り開いた穴に見える…」
そう、この穴である。
地上の縦穴から吊り下ろされる形でUFOキャッチャーのようにこの洞窟に降りてくる昇降式リフトのゴンドラ……それが着底するはずの洞窟の底にまた大きな穴が開いている事こそが当面の問題だった。まるで地中から巨大なチンアナゴかトレマーズがニュッと顔を出してゴンドラをガブリと一飲みして去っていたような光景である。
「まさかな…」
ブルースは首を振った。しかし我々は、その想像が案外間違っていない事を知っている。
そう、ビッグバグ――
サウロイドが月面で遭遇した、もう一種の謎の生物である。
それは全長15mを超える甲虫のようなバケモノで、その死骸を調べると体の側面にある24か所の気門には麻袋(過酸化水素水と二酸化マンガン粉が入っていたと思われる)という原始的な酸素パックが装備され刹那的に月で動けるようになっていた。むろん、こんな酸素パックでは長い時間は生きれないので、おそらく使い捨てられた憐れな巨人なのだろう。
何者かが何らかの目的で使役した家畜か、実験体か…。
その見た目は海のダンゴムシこと「グソクムシ」に似ている事から、我々としてはやはり海底人の関与を疑ってしまうが高度な科学力を持つ彼らにしては麻袋というのが解せず、今のところその真相は不明だ。
いずれにせよここで大切なのは、人類はまだサウロイドが見つけた「ビッグバグ」の存在を知らなかったという事だ。
というもの確かに、制圧したA棟の研究室には解体されたビッグバグの外殻の多くが残されていたものの、サウロイド達は撤退に際してビッグバグの基幹部分のほとんどを持ち帰ってしまったためだ。残された外皮の断片からだけでは人類の科学者達も「遺伝子操作で巨大な海老でも養殖しようとしていたのか」ぐらいの推測しか立てようがなかったのである。
ちなみに海老という推測に至った論拠は、解析された遺伝子から(宇宙放射線でDNAのタンパク質構造はズタズタであり、正確には分からないが)少なくとも節足動物の近縁であると分かった事に依る。ビッグバグの超硬・超厚の戦車のような外皮も、元をただせばエビの殻と同じケラチンの一種だったわけだ。
「どう?
しばらく沈黙を守っていたトランシーバーからアニィの声が響いた。
地上のコントロールルームも、リフトの修理にあたる人員を集めたり、非番の者を起こして第二種警戒態勢を敷いたり、第一基地に連絡したりで忙しかったと見える。
「裂け目と言うより穴だが……まぁどちらにせよ地面はしっかりしている。割れかけの氷の湖のように、連鎖して広がりはしなそうだ」
「よかった」
「そっちはそっちで、しっかりワイヤーの断面を調べろ」
「わかっているわ。大急ぎで修理するから、15分ほどで地下に
「待て…聞いているのか?修理など重要ではない。断絶したワイヤーの先端に新しいゴンドラを溶接するなら、それは待て。ワイヤーの断面が千切れたものか切られたものかをしっかり…」
と、ブルースが地上のアニィに念押しした、その瞬間だった。
ガン――!
彼の背中に衝撃が走った!
「ぐっ!?」
千切れたものか、切られたものか…という質問はこの瞬間、意味を失った。なぜなら切られたものだったことが確定したからである!
――まさか、不意打ちを受けたか!!?
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