第346話 蟻の兵(中編)

 ゴン――!


 月の地下に広がる大空洞、その底面に突如ポッカリと開いたを調べていたブルースは背後から奇襲を受けた!


――俺としたことがのか!?


 この瞬間、ブルースは自分を罵倒した。

 なぜ「敵がいるかもしれない」という洞窟で緊張を解いたのだ!?

 しかし、月の重力のせいで細かな砂塵レゴリスが舞い続けるために照明ひかりが通らず、冥界のような闇と沈黙で満たされた地下洞窟に独り立ちつくすというのは人間の精神を鈍らせるものだ。自分がいまどんな姿勢なのかすら、あるいは目を開いているのか閉じているのかすら曖昧になるような空間の中で全方位に集中力をばら撒き続けるのは容易な事ではない!

 また思考のどこかで「この静まり返った冥界の中で自分以外にはやはり居ないのではないか」と感じ始めていた彼は、この瞬間、無様に不意打ちを受けてしまったのである。


「ぐっ…!」

 彼は前のめりに倒れ、危うく眼前にあったに落ちそうになるも右手をバッと地面に着き立てると、華麗に体全体を左に流して受け身を取った!しかもそれだけでなく受け身と取りつつ彼は背中の痛みを分析し、それがと直感してもいた!

 いわゆる、精神が肉体を凌駕している状態である。

 倒れ込む刹那に彼の脳内では、交通事故の再現CGのように自分の無防備な背後を敵が袈裟切りにする俯瞰図すら描き出されていたのである。

 その再現CGの中ではも直感的に分かった。


――大した敵では無い!

――背中を不意打ちしておいて、あやめきれないような相手だ!


 おそらく本作で登場した猛者たちの中でも最強クラスの武道家がこのブルースという香港人だった。(まぁとしての越えられない壁があるにしても…だが)


――――――


「甘い…!」

 ブルースは勝利の確信を得ると、なんと多少の受け身を取った。その上で敢えてスピードを殺さない事でゴロンと大きく移動し、それにより振り返りつつ立ち上がる猶予を産み出した。

「後悔するがいい…」

 そうして華麗に振り返り、ファイティングポーズを作った彼だが、次の瞬間、視線に飛び込んできた相手の姿に別の戦慄しょうげきを受ける事となる…!


「なん…だと!?」

 そこにいたのは全く未知の生物…いや‟異形の人間”だったのだ!

 我々向けに言うなら、そいつはサウロイドでもラプトリアンでも海底人でもなかった!

「……!!」

 不意打ちから彼の体を守る盾の役割を担ったバックパックのバッテリーは損傷し、スーツ内の暖房が止まったから…別種の強烈な寒気が彼の背骨を貫いた。というのも目の前にいたのは身長1.6mほどの確かに二足歩行をしているバケモノだったのである!

 不気味の谷というのがあるが、まさに人に似ているぶん不気味だ。


「どうしたの!?」

 高出力トランシーバー越しに、何やらゴロゴロという転んだような物音(ブルースが受け身を取った音だ)を聞いたアニィが叫んできた。

「よく聞け…」

 ブルースはテコンドーの構えを作りつつ応える。

「俺の目の前に、すぐ目の前に…宇宙人エイリアンがいる!」

「エイリアンですって!?」

 このときハサンは、ゴンドラの臨時修復の指揮を取るためコントロールルームを出てリフトの支柱塔に向かっていて、この衝撃的な報告を受けたのはアニィ一人だった。

「サウロイドではなくて!?」

「俺は南極(サウロイドのリピア少尉と、ラプトリアンのエラキ曹長が囚われているUNSFの研究所)には行ったが、彼らを見た事はない。しかし今目の前にいるバケモノはサウロイドではない事は分かる…! 見た事もない蟻のような姿の宇宙服を着ている……と思う」

「思う!?」

「裸なのだとしたら、蟻だ。蟻人間だ」

「蟻のような宇宙服!? まって1体だけ!? いえ…大丈夫なの!?敵なの!? それより大きさは!?」

アニィの怒濤の質問が飛ぶが――

「む…!!」

 ブルースがそれに応える暇を与えないというように、そのバケモノは手に持っていた2m弱ので突きを繰り出してきたのである。


――2034年の月面にいた宇宙人が……槍を振るうだと!?

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