第393話 地獄の門にフタを(前編)

「かくいうわけで地下40mに逆円錐形の空間が生まれたのだ」

 エラキ曹長はその4本指の手をで陶器を成形するように動かし、そのジェスチャーで先が細く尖った弥生土器のような形を示した。

 ろくろがサウロイド世界にあるかどうか、ボーア博士は訊いたことがなかったが、まぁ同じ環境ほしで進化したサウロイドは同じような文明の進化を歩んだだろうから古代から中世にかけてろくろを使って土器を作っていたとしてもおかしくない。


「そしてその逆円錐の最下部には、未知の次元跳躍孔ホールがあったのだ」

「まるで巨大なアリジゴク…」

「そう。この跳躍孔ホールの先がどんな宇宙に繋がっているとも分からない。それを知るにはわけだが…それは文字通り地獄巡りのようなものだろう…。まぁそれは考えすぎで、単なる宇宙の虚空に出るだけの可能性は大いにあるがな」

「うむ。跳躍孔ホールが何か高次な誰かの意思で用意されたものでなく、自然に発生した宇宙のバグなら……つまり親宇宙と子宇宙の間に残ってしまった‟へそ”であるなら、特に意味のない宇宙空間に繋がっている可能性は高いな」

 ボーア博士も頷いた。

 さすがに人類史上初の宇宙人と言えるサウロイド、ラプトリアンとの窓口を任された学者である。専門は言語・文化で、いわゆる文系だが理系の知識も備えていた。

 なお、エラキ曹長とボーア博士の会話はこの紙面ではスムーズに描いているが、実際はエラキが地球語に不慣れであるため、かなりゆっくり簡単な単語や表現で会話をしている。



「ああ、我々の学者もそう言っていたよ。――ともかくだ」

 エラキ曹長は続けた。

 寡黙な武人という印象の彼だったが、なかなか弁も立つようだ。さすがに130年(ラプトリアンは寿命が200歳をかるく超える)も生きていれば嫌でも会話のスキルは上がるというところだろうか。

「そんな地下空洞を我々が発見したのは、二年前のことだ」

「二年前?我々がムーンマンを見つけたのと同じ頃か…。となると、君達は我々の確率次元うちゅうに来訪したのとほぼ同時にその地下空洞を見つけていたというわけか?」

「ああ。月に進出してすぐに地下空洞を見つけたよ。我々は次元跳躍孔の周りでは電磁波の甚だしい減衰が起きるのを知っていたから、すぐに見つける事ができたんだ。それから……失礼」

 と言ってエラキは水を飲んだ。

 彼が座る椅子は、背もたれの無いラプトリアン専用のものだが(なおサウロイドは尻尾がないので人間の椅子に座れる)コップはラプトリアン用ではなく普通のコップだ。しかし彼らは人類のような器用な頬が無いので、コップをかなりの急角度に持ち上げ、一気に喉に流し込むようにして飲む。

 きっとサウロイド世界の料理は不味いだろう。味わうという文化は発展しなさそうである…。


「二年前、我々は地球から望遠鏡で君達の基地が建造されていく様を戦々恐々としながら見つめていたわけだが……」

 エラキが水を飲んでいる間、博士は独り言のように呟いた。

「小規模な、たとえば徒歩での探索などの活動は見逃してしまったようだな。サイズ的に」

「そうだろうな。では話を続ける」

 エラキは350mmはあるだろう大きなコップの水を一気飲みし、頷いた。

「そして、そんな地下空洞を見つけた我々は ――君達も同じ立場なら同じ事をしただろうが―― ‟封印”の作業に入った。どんな魑魅魍魎がその次元跳躍孔から湧き出てくるか分からないからな」

「さっきも言ったが確率だけで言うなら危険性はゼロに等しいはずだな?次元跳躍孔の向こうから新たな知的生物が攻めてくるなど万に一つどころか、兆に一つだ。…それなのに君たちは‟封印”の決断を下した。ホモサピエンスだったら、その労力を月面基地の拡張に使うだろう」

「そうだな。それが今回の敗因だな…」

 エラキは「たしかにもっと居住区を拡充して兵士を常駐させておけば、人類には負けていなかったな」と苦笑した。


――ドンドン!


 と、そのとき牢獄のガラスを叩かれた。

 室内展示されるパンダのように全面がガラスになったこの牢獄へやの前に屯する将軍の一人が「はやく本題を話せ」と急かしたのである。

「まったく…」

 しかし実際のところ、どちらがパンダかは分からない。

 品格があるのはエラキの方であり、彼は泰然とやれやれと首を振った。久しぶりの描写なので補足すると、サウロイドやラプトリアンは辟易したとき首を振る癖がある。ただ、このときエラキは人類にっとてはそれが肯定のジェスチャーであると知っていて、わざと首を縦に振ってみせたのである。

 はいはい、落ち着きなさいよ、とあしらったのだ。


「‟封印”に際してまず我々は、その逆三角錐の地下空間を整地することにした。いったん仮の石棺で最下部の次元跳躍孔を覆うと、今度は上底の半径を基準に側面の壁を削り、その削った分の土砂をその石棺の上に盛っていったのだ」

「となると、その地下空間は円柱になるな」

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