第392話 月の地下空洞の秘密(後編)
一面ガラスの外壁を持つ大金持ちのペントハウスような牢獄で、ラプトリアンの捕虜「エラキ曹長」への尋問が続いている――。
貴重な研究対象であるラプトリアンの彼をストレスで殺さないため、人類は解放感のある一面窓の
――――――
エラキは、そんな窓の外の
「あの地下空洞は…我々が造ったものではない」
サウロイドの基地が眠る月の地下空洞の秘密…それについての尋問は佳境に差し掛かっていた。
「なんだって!?」
なんだって、と博士や牢獄の外でこの尋問を見守るUNSFの将軍達は驚愕し、エラキは続けた。
「あの空洞の底には、もう一つの
「そ…そうか。必然的に地下空洞ができる……!」
なるほど。なぜ
サウロイド・バースに開いた次元跳躍孔(ホール1とする)は彼らの地球の上空にあり、それと対になるホモサピエンス・バースの次元跳躍孔(ホール1†とする)は我々の月の表面にあった。
だから次元跳躍孔というものが周囲に及ぼす影響は電磁波の減衰ぐらいなもので(空気の流失は無い。次元跳躍孔の表面はほぼ絶対零度であり、それに触れるや否や気体の熱容量では一瞬で凍ってしまい、滑り落ちるだけで突破できないのだ)地形を歪めるほどの影響は無いものと思い込んでいたのだ、我々は。
しかし次元跳躍孔が地中に生じたらどうなるか。
周囲の土はポロリ、またポロリと次元跳躍孔に落ちては穴の反対側のなんたらバースに吹き飛んでいくことになる。それはまるで湯船の栓を抜いたように、周囲の土が消えて無くなっていくのだ。
「だが、そうだとしても! ……いや、あり得るのかもしれん」
ボーア博士は「だが、そうだとしても人が潜るほどの巨大な穴になるだろうか」と反論しようとしたが、言い終わらぬうちに自分で納得した。彼は地質学者ではなかったが「水分がなく植物の根のない月の土壌は、止めどなく崩れ続けるという事はあるかもしれない」と直感したのだ。何億年もかけて、少しずつポロポロと崩れて地下空洞は広がっていたのだろう。
「…ただ、早合点しないでもらいたい。博士」
エラキはラプトリアンの大きな瞳でキュッと博士を見つめ、その表情を察して忠告した。表情(それを創り出す顔の筋肉とそれを読み取る知能)とは我々が進化で獲得した‟能力”の一つだが、同じかそれ以上の能力を彼らも持っているようで、エラキは鋭敏に博士の早合点を見抜いたのだ。
「我々がその空洞を発見したとき、空洞は逆さまの円錐形になっていた。もちろんその円錐の頂点には次元跳躍孔がある」
エラキは円錐形という人類の言葉が分からなかったので(割愛しているが、台詞自体もこんなにスムーズではない。彼は地球語を学んで1年なのだ)両手のジェスチャーで、カクテルグラスのような逆さまの円錐を示し「こういう形だった」と博士になんとか説明した。
「ああ、分かるよ。我々の星にはアリジゴクという昆虫がいて、それの巣がそういう形だ。そういう逆円錐形の巣をつくり、アリを食べる肉食昆虫だ」
「ほう…『ユユポウマ』はこちらの地球にも居るのか…」
エラキは懐かしい故郷の虫の名を、サウロイドの言葉で口にし、この尋問の中で初めて和やかな表情を浮かべた。サウロイドバースとホモサピエンスバースの確率次元のズレは約7000万年前に生じていたので、両者の地球には生物はいっぱいいるのだ。考え見れば不完全変態の昆虫や軟骨魚類にとっては‟たった”の7000万年である。
「ともかく地下空洞は、我々が発見した時点では逆さの円錐の形だった」
エラキは続けた。
「円錐の頂点、つまり空洞の最深部となる跳躍孔は深さは80mにあった。ちなみにアリジゴク(ユウポウマ)のように、その逆さまの円錐が地上にまで口が広がらなかったのは、たまたまあの地域の地下40mより上に隕石の衝突のエネルギーで半ガラス化した層があり、それが天井の役割を担ったからだ」
「隕石によるガラス化?」
「あの地下空洞の近くの地上には、靜の海
「ああそうだったな」
クレーターを作った超巨大隕石が砕け、その破片が再度バウンドして雪だるまのように地ならしをしたことでガラス質の地層を作られた――とサウロイドの地質学者は推測したようだ。
「かくいうわけで地下40mを天井、地下80mを下向きの頂点にした逆さまの円錐形の空洞ができたのだ」
「うむ……そして約二年前、その地下空洞を君たちは発見したのだな?」
「ああ。その逆円錐形の空間はまさに巨大なアリジゴクだった。なにせ、底は
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