第391話 月の地下空洞の秘密(前編)

 サウロイドの月面基地で行われた第一次人竜戦争にて――

 持ち前の身体能力で獅子奮迅の活躍を見せた歩兵隊長ラプトルコマンダーのエラキ曹長は、人類もサウロイドも知らないところで秘密裏に戦闘に介入していた第三者のDSL(Deep Sea Lives勢力。通称は海底人)の奇襲を受け戦闘不能にさせられ、意識を取り戻した時にはもう、基地を制圧した人類によって発見・捕獲されロープで雁字搦めにされていた状況だった。かくいうわけで彼は揚月隊じんるいの一人にも負けないまま、人類の捕虜となって南極の研究所ろうごくに収容されていた……。


――――


「分かりましたよ、はかせ」

 そんなエラキはいま、月の地下空洞についての尋問を受けていた。しかも――

 割りにすんなり、人類に月の地下空洞の情報を教えるという。


「なに、本当か?」

 あまりにすんなりだったので、博士は驚いた。しかしそれはエラキを侮り過ぎである。不慣れな外国語でゆっくりと話していると、ゆっくり話している側が「まるで子供に話しているような気分」になって相手を侮る事がままあるが、その大いなる錯覚に博士は陥っていたのだろう。エラキの脳は、単にまだトレーニング不足な地球語を理解するのを苦労しているだけであって知略は鋭敏に動いているのだ。

 エラキは――

 博士が「サウロイド世界の音楽が素晴らしい」とか「サウロイド世界の自然ドキュメンタリーが人気だ」とか「恐竜博士がサウロイド世界に移住したがっている」とか、そういうエピソードをダラダラとこねくり回している間、その論旨を鋭敏に読み取っていた。つまり博士は「人類はサウロイドを好いている。もし君の情報で人類の何人かが救われたら、それこそ友好の架け橋となるだろう」と言いたがっているワケだ。

 それは人類に都合の良いレトリックではあったが、エラキは同時に「確かにな」と納得もした。

 確かに友好の一歩になるかもしれないし、どうせ隣の牢獄へやで尋問を受けているサウロイドのリピア少尉はほだされて喋ってしまうだろうし、それにを目覚めさせてはいけないという事はやはり警告しておく必要がある……!


「では…

 そもそも「月の地下空洞を見つけたら教えろ」と警告していたのに、それを破ったお前たちのせいだがな――とエラキは辟易しつつ話を始めた。

「おお、本当かね。エラキ曹長」

 博士は和やかな笑顔を作りつつ頷き、チラッとこの牢獄のガラス窓の外を見やって「録音しているな?」と助手に確認した。


「さて…まず」

 ここからはエラキの不慣れな地球語を校正しつつ記していこう。読みづらくて仕方がない。

「あなた達が見つけた地下空洞というのは月面基地から南東に9kmの地点に間違いありませんね。数十億年前に靜の海山脈クレーターを作った巨大隕石の、その破片を由来にする小高い丘の近くだ」

「そう聞いている。見たわけではないがね」

「うむ…。では私が言っている地下空洞と、君達の仲間が疾走した地下空洞が同じだとして話を続けよう。……まず最も大事な事を伝えると、第一に


 ――地下空洞はサウロイドが作ったわけではない…!?


「何だって…?」

 牢獄の外、エラキがしゃべり出したと聞いてガラス窓の前に再び集まりだした将軍達の群れにもゾワッと驚きが広がった。

「そ、それはどういうことだ?月は死んだ星のはずだ」

 地球の場合、洞窟というのは主に水の流れで作られる。地下水脈が浸食し、風雨で削られ複雑な地形を作るわけだが、月にはそういう力は無いはずだ。

「なぜあの空洞が生まれたか… それはとてもシンプルだ。

 エラキの選んだ地球語は正確だったが、それを博士は言葉の間違いだと思った。

「おいおい、エラキ曹長。地中でという表現は矛盾していないか?…ふぅむ、単語が間違っているかもしれんな」

「いやだ」

「しかしな、曹長。崩れるというならそもそも空洞がなきゃならんだろう。因果律が逆転している。空洞崩れるんだ。地下鉄や地下室など人工的な空洞があってそれが崩れるというなら分かるが、ぎっしり詰まっている地中がどうやって崩れる? ?」

「…そういう質問でいうならば、その土は別の次元に跳んでいったのだろう」

「ま、まさか…!!?」

「そうだ。あの空洞の底には別の次元跳躍孔があるのだ」

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