第390話 ボーア博士、さらに大いに語る

 月の地下空洞で――

 月面滞在者の健康管理を仕事として赴任した理学士トレーナーのブルースと、第二月面基地の司令官(司令官とは名ばかりで管理者だ。基地というよりプレハブの集まりなのだから)であるアヌシュカ中佐が、に襲われて消息を絶ったのと同じ頃……

 UNSFの南極研究所では、その地下空洞について情報を持っているだろう捕虜、エラキ曹長とリピア少尉への尋問が行われていた。


――――――


 ただ尋問と言っても、世界に一人(一匹)しかいないラプトリアンやサウロイドに暴力を振るうわけにはいかず、交渉を任された文化人学者のボーア博士は、エラキ曹長の人類への猜疑心(※)を解いて舌を滑らかにしてもらうため「おしゃべり」を続ける必要があった。

 ※UNSFじんるいが嘘をついていたため、エラキは怒っているのだ(前章参照)


「それから、素晴らしいといえば君達の音楽な!」

 博士はあえて与太話を続けた。

 この一年の触れ合いの中で彼はラプトリアン族がサウロイド族以上に生理的に「嘘」というものをともかく嫌っているのを知っていたから、エラキの頭を‟嘘をついていた人類”という話題から引き剥がそうとしているわけだ。

「いやいや、どうやって君達の音楽に触れたか、まずは順を追って話そう――。占領した月面基地に残されていた君達のコンピュータを我々は3か月かけて分析したんだ。そしてそれらのアルゴリズムや言語が解読されると……そういえば君たちは12進法を使っているんだな。まぁその話はいいか。ともかく君達のコンピュータに保存されているファイルの再生が可能になったわけだ」

「私たちは

 エラキは『レオ司令は焦土作戦をしたはしたが、いくつかの戦利品が敵に渡るのは想定済みだ。別に構わん』と心の中で頷いた。それから彼は少しだけ腰を浮かせ、そのラプトリアン特有の太く長い尻尾を、右に垂れ伸ばした姿勢から今度は左に垂れ伸ばす姿勢に変えた。人間で言うなら「座り直す」と言ったところだろう。ラプトリアンが背もたれのない椅子が必要なのはこの巨大な尻尾のせいである。


「まぁまぁエラキ曹長。そう怖い顔をするな。この話のオチは良い話なんだ」

 博士はまた、しれっと足を組みなおしてエラキの「座り直す」に応えた。同じジェスチャーは親交を深めるのを学者である彼は知っている。

「そうやって君達のファイルが再生できるようになると、技術盗用なんかよりもっと我々の興味を惹いたのは映画や音楽だったのさ。それらはUNSFのとして一般にも公開できたしな」

「君たちの音楽は途方もない複雑さを持ち神秘的で美しかった。それに映画もまた君達の生活様式を垣間見れた事でとても価値のあるものだった。サウロイドの子供はとても可愛い。……が、まぁ正直な話、映画としては我々にはつまらなかったがな。テンポも悪いし、上映時間も長い。もちろん台詞も分からなかったし、ロマンスもない」

「私も映画を

 ラプトリアンの成人男性は映画をあまり見ないそうである。

「ははは!そうか。だがな、逆に自然のドキュメンタリー映像は大人気だった。もともとだからな。ほら、一ヶ月前にも恐竜学者が君に会いにきただろう?」

「ええ、憶えてるます」

 エラキは頷いた。

 確かに博士の話術にほだされて怒りが収まってきている――そんな自分を彼は感じた。


――ホモサピエンスは、サウロイド女よりさらに口が巧い…。


「そうさ、あの恐竜学者なんて「君達の地球に移住したい」と言っていたほどだ!……まぁともかくだ。君達の映像ライブラリーにあった「進化した恐竜達の自然の営み」の映像はどんなビッグバジェット映画より人気があったのだ。君達のせいで、今年の映画産業はズタズタにされたんだぞ」

「分かりましたよ、はかせ」

「うん?」

「人類とサウロイドは友達、それは可能です」

 エラキは埒が明かないと辟易して博士の台詞を遮った。博士のお喋りは半分ぐらいしか聞き取れなかったが、結局、博士が「人類の交渉役」として言いたい事は分かった。


――もうそんなに回りくどい説明は不要だ


 博士がこのあと「人類はサウロイドを好いている。今は不幸にも敵対しているが、いずれ仲良くなる事も可能だろう。その第一歩として君の情報が必要だ。君の情報で人類の何人かが救われてみろ。それこそ友好の架け橋となるだろう!」と論理展開するのは目に見えている。


「もう、いいでしょう」

 エラキはその視線を、左手側の窓が切り取る吹雪の南極の風景パノラマから、右手側の監視窓の前に屯する研究者や軍人の方へと、クイッと向き直って言った。

「地下空洞の秘密、教えましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る