第394話 地獄の門にフタを(後編)
その牢獄の分厚いガラスを通してでさえ、ゴゥゴゥと低く唸る南極の真昼の
一瞬で凍え死にそうな窓の外の景色と、ラプトリアンの自分のために28℃に設定されたガラス張りの
「ともかくだ、我々はその逆三角錐の地下空間を整地することにしたのだ。まず円錐の頂点に位置する次元跳躍孔を仮の石棺で覆うと、円錐の側面を削った土砂を被せていったのだ」今度は上底の半径を基準に側面の壁を削り、その削った分の土砂をその石棺の上に盛っていったのだ」
「…となると、地下空間は円柱の形なるな」
聞き手のボーア博士は頷いた。
「その通り。円錐の側面を削り、中央のとんがりに注ぎ込んでいけばやがて円柱になる。それが今ある月の地下空間。
「ああ、たしかにその地下空洞の様態は我々の研究者の報告と一致するな」
博士は大きく頷き、ひとしきり「シーチキンの缶」のような潰れた円柱の大空間が月面の下にある図を想像した。年齢が年齢だけに月に行くのは断ってきたが、そんな壮麗なる地下空洞は見てみたいという気がしてくる…。
「それから…」
ボーア博士は尋問に戻った。そう、これは捕虜に対しての尋問なのだ。
「君達の基地もあるのだろう?」
「ああ。その円柱の空間に我々は第二基地を建設した。しかし私に言わせればそれは基地ではなく、逆さまの監視塔だな」
「逆さまの監視塔?」
「そう。上空ではなく地下を見守っている」
「なるほど…ということは、その第二基地は
「梯子?」
エラキは首を傾げた。
鷹とワニを足したような厳めしい面構えのラプトリアンだが、そのジェスチャーは可愛い。
「そうか、その単語は知らなかったな」
博士はパッと立ち上がってエラキの傍らに歩み寄ると、タブレットで「梯子」を検索してそれを見せた。画面には、ネット上の膨大な動画からAIが抽出した「梯子を登っている」シーンだけが多数表示されている形だ。
もし、こういう事をエラキ自身ができるようになれば、つまりインターネットの閲覧や、2034年の一般向けチャットAIの使用の許せば、彼の語学力は一挙にアップするだろうが、「人類側の情報を全部筒抜けにするのはマズい」という下らない国連採択に基づき、エラキは検閲済みの本や図鑑や映画しか見る事を許されていなかった。
「ああ、これか。ミッキーマウスが登っているのを見た事がある」
エラキは頷いた。ミッキーマウスというのは例の検閲済みの映画の一つとして見せてもらえたものである。
「だが我々は梯子を基本的に用いない。どうしても狭い縦穴では使われなくはないが…梯子は訓練が必要だ」
「そうだったか」
猿から進化した我々は子供でも梯子を登れるが、きっとサウロイドにとって梯子は難しいのだろう。
「まぁいい。それで…?」
博士は探るように言った。
いよいよ核心に迫る部分だったから、牢獄の外に集まった将軍連中もクワッと身を乗り出すようであった。
「どうやって次元跳躍孔まで降りるんだ?」
「縦階段がある」
「‟縦階段”?」
「真上や真下に移動する形状の階段だ。だが、それを言葉で説明するのは難しい…」
エラキの言うとおり、ここでは‟縦階段”の描写は割愛しよう。
この後、実際にブルース達が縦階段に出くわすのでそのときに形状は説明する。
「ふぅむ。ともかく次元跳躍孔は完全な密室ではなく縦階段という通路があり、それで地上……つまり地下空洞の円柱部分にある基地と繋がっているのだな?」
「そうだ」
この事実を聞くと、牢獄の外の将軍達が慌ただしくなった。
何かを早口で話し合い、秘書官(参謀だろうか?)の一人は電話を取り出してさらに誰かに連絡した。
もう一つの次元跳躍孔があるだけで大事件なのに、それが完全に封印されているわけではない――それが人類を動転させたのである。
「完全に封印せずに基地を放棄した。…それは君達らしくないな」
「ああ」
「しかしそれでも、君達は地下基地を放棄した…?」
「ああ」
「なるほど分かってきたぞ。その理由が」
博士は少しヒートアップしながら続けた。
「つまり次元跳躍孔から何らかの敵が現れたからだね?なんと運の悪いことか、その次元跳躍孔の向こうは別の星に繋がっていて、そこから未知の敵が攻めてきたんだ」
話を聞いていれば、博士だけでなく誰もがそう思うだろう。しかし……
「博士…。早合点はホモサピエンスの悪いくせだ」
「ん…?」
ボーア博士は確信から動揺に叩き落とされた。
「我々が知る限り、次元跳躍孔からは何も出てこなかった」
「な、なに…!? しかしそれではなぜ…」
博士は「それではなぜ苦労して建設した基地を放棄したのか。何かの危機に陥ったから放棄したのではないか?」と言わんとし、エラキもそれを察して続けた。
なぜ基地を放棄せざるをえなかったか? それは――
「我々はその次元跳躍孔を守っていた獣……いや人を目覚めさせてしまったのだ」
「人…!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます