第395話 アナザーバースの守り人?

 ラプトリアンの捕虜、エラキ曹長への尋問はクライマックスを迎えようとしていた。


 彼の話を聞いたUNSFじんるいは―――

 月の地下に埋まっていた次元跳躍孔ホールを発見してしまったサウロイド勢力は、それを慌てて封印しようと地下基地を建設したが時すでに遅し。跳躍孔から別宇宙アナザーバースのウィルスやらマシンやら宇宙人やらのが溢れ出し、基地を放棄せざるを得なくなったのだ

 ――と事の全容を合点した。


 しかし。

「博士…。早合点はホモサピエンスの悪いくせだ」

 エラキは首を振った。(サウロイド世界では首を縦に振るのが否定のジェスチャーだ。鳥が不満や威嚇を表わすのに首をクィクィと振るのと同じ由来だろう)

「我々が知る限り、

「な、なに…!? しかしそれではなぜ…」

 ではなぜ基地を放棄したのだ、と博士は訊ねた。

「脅威は次元跳躍孔の周囲の地層に埋まっていたのだ、

「あらかじめ…?」

「我々サウロイドは次元跳躍孔を守る獣…いや人を目覚めさせてしまったのだ」

「人…?」

「そうだ、‟人”と呼ぶのが適切だ」

 エラキは憎々し気に言った。彼がもう少し地球語が達者だったら「怪人」と呼んだかもしれない。

「奴らを獣と呼んでも良いが、大きさや骨格は君達や我々に近い…。二足で歩行し腕を持っている。………まぁともかくだ。奴ら戦闘力と繁殖力は強力無比で、地下基地は一瞬で壊滅した。もちろん奪還も検討されたが、そのとき月面基地が持つ戦力では被害が増えるばかりだと司令(※レオのことだろう)が判断し、地下基地そのものを放棄したというわけだ。そして幸い、月の真空が奴らを閉じ込める壁になってくれて……」

「まてまて、話を整理したい」

 ボーア博士が手のひらを見せた。

 エラキもこれがホモサピエンスの「待て」のジェスチャーだと憶えている。サウロイド世界では「待て」は手の甲を見せるのだが(爪が凶器だった太古の記憶から甲を見せることで敵意がない事を示すのだ)まぁ似たようなものだ。

「君が‟人”と呼ぶ未確認生物に襲われ、君達の地下基地が全滅したのは分かった。それは信じよう」

「ふっ…別に信じないならそれでいいが…」

 エラキは大いに苦笑した。そして「全てありのまま説明したぞ。あとは好きにしろ」という少し晴れやかな表情で窓の外の猛吹雪に視線を移してしまった。


「ちなみに…」

 一方ボーア博士は「嘘かどうかが分からないまま推測に推測を重ねるだけだが…」という徒労感のため息を吐きつつ質問を続けた。

「その「人」はどこから出てきたと思う?君の意見でいい」

「次元跳躍孔の周りに卵が産み付けられていたのだろう。……仕掛けられていたのだ、誰かに」

「ど、どういうことだ…!?」

「適切な地球語を私は知らないが……あの‟人”はたぶん生きたマシンだ。生き物だが同時にロボットのように、ある目的のためにデザインされた生き物…」

「つまり生物兵器か」

「ああ。そしてその目的とは次元跳躍孔を守ることだ」

「なんだと…!?」

「つまり我々より先に、我々とは別の方法で、次元跳躍孔を封印しようとした誰かがいたのだ」

「に、にわかには信じられんが…」

「しかしそれが事実だ。君達の警告しよう。地下空洞にはホモサピエンスでもサウロイドでもない誰かがいるぞ」


 牢獄のガラス窓の外では将軍達が戦々恐々、喧々諤々として対応策を話し合いはじめたが、こうなってしまえばもう研究者であるボーア博士の蚊帳の外である。


 博士はただただ組んでいた足を解き、全体重を背もたれに預けるようにして力なく天井を見上げるだけだった。

「………」

 ポツンと牢獄の中に取り残された二人の間は少しプライベートな空気が戻ってきた。捕虜サンプル看守けんきゅうしゃという立場だが、二人の関係は悪くはないのだ。


 さてここからのエラキのセリフは、彼の不慣れな地球語をそのまままま記載する形に戻そう。

「まぁ…君が嘘をつくはずも無いか…。ラプトリアンは嘘が嫌いだものな…」

 ボーア博士は苦笑しつつ脱力して言った。

「もちろんです。それでから約束をありました。博士は教えてくれますね」

 エラキは窓の外、猛吹雪の中を列になって歩いているペンギンが眺めながら言った。サウロイド世界に持ち帰ったら、とても人気が出るだろう動物だろう…。

「なんだったか? すまない、約束を忘れてしまったよ」

「なぜあなたたちの仲間が、私は話した‟人”に会うたのか? 場所の地下空洞で」

「ああ、そうだった。 その約束だったな」

 博士は頭を掻きながら素直に詫びた。

「そうだよ。地下空洞で行方不明者が出たんだ。君達と同じで襲われたのだろう。………

「どうした妙だが?」

「………!」

 ボーア博士は天井を見上げながらある事に気づいた。

「その怪人はと君は言ったな? そうしたら「槍」などの武器はどうやって手に入れたんだ?」

「……!? 何を言うのか私はわかりません……!」

 エラキもハッとなって、窓の外のペンギンの可愛らしい群れから室内のボーア博士の方へと視線を移した。

 二人は顔を見合わせる。

「いや…分かるだろう?『槍』だよ」

「『槍』は地球語の知っています…!」

「じゃあその『槍』さ。我々の仲間は『槍』を持った4本腕の怪人に襲われたんだ」

 もちろんここでボーア博士は、蟻人間の事を言っている。

 その後のクワガタ人間は知られていないが、少なくとも蟻人間の情報はブルースから地上の第二基地のアニィ、そして第一月面基地へと伝わり、UNSFに知れ渡っていたのだ。

「『槍』を持つの4本腕……? 尻尾が?」

「い…いや…尻尾の話は聞いていないぞ…」

 ボーは博士は絶句した。


――話が食い違っている…!?


「エ、エラキ…!?君の言う怪人はどんなものだったんだ?」

「私達の基地を…襲うった‟人”は…そう。長い尻尾と、よだれが酸での生物だったですが…」

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