第476話 飛び移れ!(後編)

 「ステガマーマ」はアマゾン遡上用に小型巡洋艦を改造したホバークラフトで、アマゾンのような平らな水面の上でしかその俊足を発揮できないなどの制約こそあれど、その最大船速(戦速)は90m/hを超える。

 ズォォォーー!

 車を基準に考えると90km/hというのはさほどの数値に思えないが、それが猛烈に水しぶきを上げながら排水量4000トンの巨体となれば90km/hの意味が変わってくる。その姿の異様さは半端ではなかろう。排水量4000トンといえば、国道沿いの巨大なパチンコ店とか小規模な学校の校舎ぐらいのサイズがあるのだ。


――――


 今回の作戦は最大戦速ではなく60km/hだったが、それでも、それをはたから見た猿人間は驚いたはずだ。ズォォーという異様な風の音に気付いて川下に目をやったら、そんな巨体が猛スピードで人工島じぶんたちの方へ迫ってきたのだから。

 しかし驚きはそれだけではない――!


『ビビるな!飛び移れる!』

 そう本当に驚くべきはレオの奇策だ。

 30人もの戦闘員が猛進する船から海賊よろしく、そのままジャンプして乗り込んでくるというのだから、猿人間も迎撃態勢を整える事はできまい。

『気合い入れろ。川に落ちたヤツぁ、一生の笑い話にされるぞ!』

 オルネガが配下の砲兵隊に檄を飛ばす。

 フレアボール連続投光器(キャノン)を背負った彼らは後年、人類側から「ラプトルカノン」と呼称される兵種だ。両肩にキャノン砲を構え、歩兵としては最強の精鋭であるが(キャノンが重くて、専ら男性のラプトリアンばかりで構成されている)さすがに敏捷性は高くなく、重い装備でジャンプするのは簡単ではない。

。キャノンを傷つけるな!』

 それに尻餅をつく形で後ろに倒れれば、背負ったキャノン砲を破損してしまうだろう。ロボットアニメの中では機体が仰向けに倒れても背中の装備(スラスターやキャノン砲)は無傷だが、実際はそうは行かないのである。


 そんな砲兵隊のオルネガに引き続き、今度は機甲隊の隊長であるエースが叫んだ。

『さぁさぁ!!メインイベントだ!』

 揚陸…いや殴り込みを図る30人の兵どもは、ステガマーマの甲板の先端で水しぶきと強風を浴びながら、まるで吹雪に耐えるペンギンの群れか、運動会のリレーの次の走者のように縦陣でしゃがんでいる状態だった。猿人間からのウィルス感染を防ぐために月面服を着ているが、ヘルメットのバイザーを噴き上がってくる川の水が横殴りにしていてどちらかというと水中ゴーグルのためのもののようだった。

『最終準備!』

 彼らの視界には巨大な人工島が時速60kmで突進してくる光景が広がっていた。作戦上は「すれ違う」といっても甲板の先端の当事者の視界としては、ほとんど突進するような角度であり、兵どもはまるで大気圏突入のような面持ちである。

 と、そのときだ。

『(ジジ…ガチャ)隊長、進路を固定しました』

 ノイズ混じりに操艦室から艦長の通信が入った。

『幅は3mです…! 飛べますね!?』

 前章のおさらいだが、人工島の一辺は防波堤を兼ねた3F建ての集合住宅が万里の長城よろしく500mの直線の壁を成しており、その壁ギリギリを擦るようにステガマーマは進入、両者がすれ違っている刹那に歩兵たちは自らの足でジャンプして飛び乗ろう――というのがこの奇襲作戦だ。


『速度は秒速17m!すれ違っている時間は約30秒です』

『十分だ!』

 と、レオの返答を待たずに叫んだはエースである。が、30人が乗り込むのに30秒しかないので全然十分ではない。

『機甲隊、というか俺が一番手をやる』

『頼みます。30秒とはいえ、先駆者が居ればお手本になるはずだ』

 レオはエースの肩を叩いて「立て。行け」と指示した。そしてエースは水しぶきと風が舞踊る船の突端に立った。



 3…2…1 GO!

 エースは

 そう、ただビョンと飛び移るのではないのだ。海賊船が商船を襲うときをイメージすると、船の甲板からただ横に飛べばよいように思うが、いまステガマーマは時速60kmでかっ飛ばしている。その相対速度を殺すために船と逆向きに甲板を走ってから飛び移るのが良いのだ。


 ここからは、アクション映画ならワンカットで演出するところだろう。


 エースはまず人工島が30mほどに迫ったときにスタートを切った。船の前方から後方に思い切りスプリントをかける!

 サウロイドの100m走の世界記録は8秒13で、エースも9秒を切れる実力があるが、さすがに機甲隊の装備を着ていてはそれは無理だ。思い切り走って十分にスピードが乗っても、飛び移る先の人工島の地面(集合住宅の屋上)は前方に流れている状態だ。

 だが60km/hのまま飛び乗るよりはかなりマシだ。走りで相対速度をかなり相殺できている。いけるぞ――エースは意を決してジャンプした。しかもだ。

 そう彼は失敗したフィギュアスケートのジャンプのように、空中で半分だけ体をスピンさせるように飛んだのである。これのおかげで ――慣性作用は見れば一発なのだが文字だけで表現するとなると甚だ難儀する―― エースは着地した際に体の前方に力を受けることに成功した。普通に飛んでいれば尻もちを着いてしまっていたはずだ。

 ダッ! ドッ…ダダダ!

『おっとと!!』

 人工島に着地したエースはスライディングをかわしたサッカー選手のように一度、前につんのめるように大き跳ね、そこからむしろ走ることで態勢を安定させた。いや

『う…!? く…っ、だりゃ!!』

 彼が態勢を整える前に、もう猿人間が手斧で襲いかかってきたのである。エースもパンチで応酬した。

 

 これが先ほど「映画ならワンカットで演出しただろう」と記した理由だ。エースが着地するや否や(つまりカットを割らず)この集団住宅の階段を上がってきた猿人間が屋上に殺到してきていた形である。揚陸を悟った猿人間は罠をしかけるため、屋上には階段の影に隠れていたのだろう。

 オーワ(アマゾン)の大河を疾走するステガマーマの甲板から人工島に飛び移るまでも躍動感のあるシーンだったが、そこから飛び移るやいなや間髪おかず猿人間との戦いに突入するワンカットは、なかなか映画映えするはずだ。


――逆に罠を張っていた?

――おいおい、レオ…

――猿人間こいつらを無能な野蛮人っていったのは誰だ!


 あるいは往年のマトリックスのようにカメラをぐるりと回してもいい。

 エースを中心に、彼の前方では手斧やら弓やらで武装した猿人間の群れ、そして後方では29人の仲間たちがホバークラフトからジャンプしているのだから。

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