第475話 飛び移れ!(前編)
ステガマーマの排水量は4000トン。
それは戦艦と呼ぶにはあまりに小さい数字だ。
だが、それがホバークラフトとなれば話が変わってくる――。
ブシャバァァーー!
なだらかな大河であるオーワ(アマゾン)では決して響かない、ナイアガラ瀑布のような轟音に驚いたカラフルな
揚陸母艇ステガマーマが本領を発揮し、ホバーモードに移行したのだ!
ボートモードからの移行時は、船体の下に空気を送るファンと水面が近すぎるため風が
『
『電力供給、問題なし』
『航行可能時間は43分を予測!』
『隊長、聞いての通りです。いつでもどうぞ!』
操舵室からの艦長の電話を
『初運転です。くれぐれも安全第一で』
と、何とも低血圧な返答をした。
我々がレオの立場であったら、つい勇壮に「ステガマーマ…発進!最大船速ッ!!」と言ってしまいそうだが、そこはさすがだ、レオは冷静だった。そしてまたその冷静さはすぐに操舵室に波及して艦長は少し頭を冷やしたように返答する。
『りょ、了解です』
『目標速度は60キロテール。あとの操艦は艦長に任せます』
『はい』
『私はまず部隊を集めます。作戦指示は追って伝えます。まずは近づきましょう』
『了解しました』
そんな風にして、ステガマーマは冬眠あけの熊のように慎重に動き出した。
文頭で4000トンは軍艦というには小さいと言ったが、それが浮かび上がるとなれば壮観である。船の周囲には空気をため込むための分厚いカーテンがぐるりと降りていて(それがすなわち水面から船体が浮かび上がっている高さとなるわけだ)、そのカーテンの丈の5メートル分の高さがステガマーマの印象を大きく変えていた。小学校とは言わないが、私立の幼稚園の校舎が川の上を高速で滑走しているような見た目である。
船体が浮かび上がるほどにファンと水面の距離が離れ、今はもう水のバシャバシャという音の要素は減っていき、代わりにボファーという台風のときに空に響く圧迫感のある響きになってきた。ホバークラフトなので風は船の下に向かって吹き込まれるわけだが、だからといって甲板の上が無風というはずもなく、いちど川の水面を叩いた風が舞い上がり乱流となって艦橋の窓をガタガタと叩いている。甲板にいる二頭の生物戦車ケロノサウロロフスは、砂嵐を耐えるラクダのように顔を自分の腕の間にうずめる形で丸くなっていた。
ほどなくして船速は、レオの指示通りに時速60kmは達した。
救援に向かうべき村までの距離は川上に15km…。レオは目的地に近づいても速度を緩める気はなかったので、すなわち会敵するまでもう15分しか残っていなかった。
兵士たちは大忙しである。
――――――
『目標はデメテルサウルスの
艦内放送で召命された兵士達がブリーフィングルームに集まるや否や、レオは作戦を説明した。工兵や通信兵はおらず、直接的な戦闘を得意とする歩兵ばかり30名である。
『敵の兵力は、電話してきた村人の言を信じるなら7,8名と獣5匹。そのあと電話が切れたので増えているかもしれませんが、きっと小規模です』
『勘ですかい?』
オルネガ大尉が自慢のフレアボールキャノンを点検しながら訪ねた。
『ええ。勘です。シングー川(アマゾンの支流。ここより300km以上も川上の地点)とアマゾン川が交わる地点には連邦軍の戦艦3隻が網を張っており、それを搔い潜ってきたとなれば小舟でしょう』
緊急事態につき早口なので分かりづらい。
補足すると、まずシングー川とアマゾン川の合流地点は現在サウロイドの防衛線になっていた。これ以上、猿人間が川下に勢力を伸ばさないようにするため戦艦を川の上に配置したのである。戦艦が侵入できるアマゾン川もあっぱれだが、さすがに自由に航行はできないので機動力はゼロ、要塞のような運用である。
そしていま肝心なのは、その川上要塞の警戒を掻い潜ってきたということは、猿人間はいったん陸に舟を引き上げて運んだということになる。しかも300kmもだ。つまり舟は小舟。大人数での移動も難しいだろうから、さしたる戦力ではない――というのがレオの読みだった。
『奇襲して一気に叩くというわけだな』
『そう。荷を下ろしている時間はない。迫撃砲も補給物資も無しです。足が武器の我々で一気に叩く。そして一人、一匹は猿人間を捕獲すること…!』
足が武器の…というのはダブルミーニングだ。歩兵という兵種の走破性・スピードを指すと同時に、足での格闘戦闘も当てにしているわけだ。
『私も戦場に入りますが、戦闘が始まってからは皆さんの臨機応変に期待します』
『それは任せてくれよ、隊長』
オルネガの
『問題は揚陸だ…』
エースは冷静だった。
『敵陣に乗り込む瞬間が一番危険だろ?』
『ええそれですが…』
レオはブリーフィングルームのホワイトボードに図解する。サウロイド世界は巨大な液晶モニターなどは開発されていないのだ。
『ステガマーマは
『通過?』
『現在の速度のまま、人工島とニアミスするように、すれ違うわけです』
『は…!?』
『いや、ですから飛び移るんです。まるで海賊が商船を襲うようにね』
たしかに人工島(村)は川の流れに沿った巨大なカプセルの形をしている。カプセルの胴の部分は500mあり、岸と対面する辺は
『なんという偶然でしょう、ホバー状態の本艦の甲板と、この集合住宅の屋上はほとんど同じ高さなのです。甲板の方がたった2テール(メートル)高いだけだ…。乾季だったらこうはいかなかったでしょう』
レオの奇策にさすがの猛者たちも驚愕した。そんな訓練は受けたこともない。
『待て、海賊だって船を並走させるか横づけにするだろう。疾走する船の甲板からジャンプして乗り込む(揚陸する)ってのは聞いたことがない!』
『先ほど村の見取り図を確認したとき…』
レオはそれには答えずに、静かに熱弁した。
『これは天祐だと確信しました。なぜって、本艦の甲板の高さと村の集合住宅のまっ平らな屋上が、そっくり同じ高さなんですよ。「ここから乗り込め」と戦神ルューテは言っているんです』
兵士たちは愕然としたが、レオの言い分もわかる。
船を停泊させないことはすなわち船が安全だともいえる。すれ違いざまに一挙に兵士を送り込めれば、仮に猿人間が火砲を持っていても(原始的な武器しか持っていないとは聞いているが)船が攻撃を受けずに済む。
そして第二に、奇襲性だ。
防戦一方だったサウロイドが、そんなウルトラCの戦法をとってくるとは猿人間も思うまい。また奇襲ゆえに猿人間の捕獲できる可能性も増す。
つまり兵士の危険を無視すれば一石二鳥の作戦と言える。
みていろ猿人間。
圧勝し反撃の狼煙としてやる――それがいま、レオの考えていることだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます