第513話 鼻の長い哺乳類は恐竜に対抗できるか(後編)
たった一晩のできごとだ――。
もし使い慣れたベッドで寝てしまえば安穏のうちに通り過ぎるだけの“一晩”が、ここまで濃密になれるのかというほどの経験だった。
ラプトリアンのマリー少尉は、人造人間のシロイルカと出会って2500年後の未来の
そう、前者は言葉の中の比喩だが、ついさっきまで4.5万光年はなれた宇宙に居たことは事実なのである。
そう考えると、いまオーワの密林で朝を迎えている事が、とても奇妙な事に思えた。夢のような3泊4日の海外リゾートから帰ってきて、電車にゆられて地元の駅に降り立ち、吉野家で遅い夕飯の牛丼を食べているとき「いまこの時間もあのホテルのコンシェルジュは、短パン&サングラスの客をもてなしているのだろうか」と不思議に思う感覚に近い。つい昨晩の非日常と、今の自分が置かれている日常があまりに乖離しているため、出来事の繋がりが見出せないのだ。
まだ夢の中で地に足がつかない想い、そんな奇妙な気分がマリー少尉の心を支配していた。
『この動物、気持ち悪いんだけど』
それに、まだマリーを日常に戻してくれないこともあった。見慣れたオーワの密林に朝日が降り注いでも、今まさに
『ぞう だ』
ゴールデンスキンは応えた。もちろん「ぞう」という固有名詞はサウロイドの言葉に無いので、そのまま発音した形である。
『猿人間の地球じゃ、変わった恐竜が進化したものね』
『ほにゅうるい だ』
ゴールデンスキンは象を先導するように歩きながら言った。手綱のようなものは無いが、象は従順にゴールデンスキンに付いていく。そう調教されているのだろう。
『哺乳類ですって!?』
恐竜の支配が続いた
『この大きさで? それに毛もほとんど無いじゃない』
彼女としては巨大ネズミの背中に乗っている気分だ。しかも哺乳類といえば原始的な直線の毛がビッシリと生えているはずだが、この動物はタワシのような硬い毛が退化しきらずに残っているだけだった。
『おおきい のは あたりまえだ。 それは コロンビアマンモス』
『コロンビアマンモス …なるほど。「ぞう」という科の中にコロンビアマンモスという種がいるわけ』
サウロイドほどではないがラプトリアンも七色の喉を持つ。オウムのように、すぐに発音をコピーして「コロンビアマンモス」とマリーは言った。
『毛は?』
『……さうろいどご で せつめい できん』
ゴールデンスキンは大きな倒木を飛び越えると、振り返ってコロンビアマンモスに「足元に気を付けろ」というように丸太のような鼻を叩いた。マンモスもまたなかなか利口なようで歩速を緩めて慎重に倒木を跨ぐ。
ゴールデンスキンの代わりに補足すると、コロンビアマンモスは亜熱帯に住むにも関わらず象科で最大級の体躯を誇るモンスターだ。
名前の通り、氷河期にベーリング海を渡ってアメリカ大陸に進出してきたマンモスの末裔で、最後に南米コロンビアまでたどり着いたという事だろう。もちろんその進化(南下による高温への適応)の過程で長毛は脱ぎ捨てていき、結局、百万年年を経てスタート地点のアフリカ象と同じような姿になったというのは、なかなか面白い話だ。
なおコロンビアマンモスは7万年前にはまだ絶滅していなかったから、シロイルカが遺伝子コレクションに加えるのは簡単だっただろう。ティタノボアと違い遺伝子の復元という超科学は必要なく、単に捕まえてくれば良いだけだからだ。
そしてきっとシロイルカは、この温暖な気候で動け、従順な巨人をオーワへの進軍(?)にうってつけの生物戦車として拝樹教徒に与えたに違いない。
『なかなか良い子ね。毛は気持ち悪いけど…』
倒木を跨ぐので首の上に跨っているマリーは、大きくグワングワンと揺すられながら言った。なんとなくマンモスの動きからは「上に載っている者を落とさないように…」という気遣いが感じられ、はやくも彼女に愛着を感じさせた。
――と、そのときだった。
ザワザワッと密林の奥が揺れたと思うと、最悪の客が姿を見せた!
『っ!? ヨース・ディオニクス!』
こちらを狙っているのかしら、とマリーが考えたの察したかのように、若いディオニクスは「ガォォ!」と雄たけびを上げそれを一蹴した。
『む…!?』
ゴールデンスキンは身構える。
『違うわ!』
マリーは叫んだ。最悪の客と呼ばれる意味を。
『ヨースは兄弟で行動するの!』
彼女は警告は有益だったが、警告する相手は間違えていた!
次の瞬間、パォーン!という痛ましい叫び声をあげてコロンビアマンモスは膝を崩したのだ。
[後ろか!]
ゴールデンスキンは思わず、
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