第210話 月のウサギ作戦(前編)

 サウロイドが「二本の併進する鉄心と、その間に張られたピアノ線で敵歩兵を一網打尽にまとめて切断してやる」という特殊なレールガンは放てば、人類の揚月隊は「そのローレンツ力を逆に働かせて受け止めてやる」という金属膜メタルメッシュシールドを展開して対抗した。

 メタルメッシュシールドはジャンプ傘のような華奢な装置(詳しい原理は前章参照)に過ぎないが……

 ばゅーん!!

 幅10メートルのがその間に位置する11名の隊員を腰の辺りをスッパリ両断しようとしたとき、本当に盾としての力を発揮してそれを受け止めてしまったのである!


「ジョッシュ!ブルース!」

 シールドで受け止めたは良いが、後方にぶっ飛んだ11名を誰かが振り返ったとき

「気にするな!進め!!」

 ノリスは吠えた。

 突撃の速力を落とせば一網打尽にされるからだ。今は一刻でも早くこの平原を駆け抜けて敵の基地に飛びつきたいのだ!それに彼はも察知していたのだ。


――おそらくは今のは幸運っ!

――巻き込まれた人数が少ないなら………!?

 と、次の瞬間である。ノリスの地平線の向こうで雷光が閃いたかと思うと

 ザシューン!!

 二射目のが神速でもって迫ると、息をも吐かせぬうちにシールドごと誰かの体を両断した!

 2つの並進する鉄心に繋がれたピアノ線が3人の揚月隊員の体をバッサリと輪切りにしたのである。あまりの切れ味に下半身だけになった肉の残骸が月の平原に残されている。


 振り向けば、壮麗なティファニー山の麓に3つの下半身が立っている異様な光景が広がっていた。

「う…ぁぁ!!」

「止まるなと言っている!!!」


――ああ、やはり…!

 ノリスの読みが当たった。ピアノ線攻撃にだったのだ。一射目は11人が同時にピアノ線攻撃に巻き込まれ、そのことがむしろ彼らの命を救った。1本のピアノ線を導体にしてメタルメッシュシールド11枚が合体して機能する事で減速しきる事ができたが、3枚では弾体(この場合、ピアノ線)がメタルメッシュに触れるやいなや強烈な誘導電流をUターンさせる回路が過電流で焼き切れて(スパークして)しまって、まったく減速させる事ができなかったのだろう。


――3枚ではダメ…。では4枚なら?じゃあ5枚ならいけるのか…!?

――いや、ダメだ。そうじゃない!


「ダメだ!飛び跳ねろ!高度をとれ。飛べ!」ノリスは部下に示すように最初の一人となって大きく跳ねた。「だ!」


 ノリスは突撃方法を改めた。何度も描写しているとおり、月面の戦闘中に中空に飛び上がる事は御法度である。無抵抗にフワァと舞うという事はすなわち良い的になるだけだからだ。

 しかし今は違う。

 平面的に移動していては、地面と平行に飛んでくるピアノ線攻撃に一網打尽にされてしまう。それならばジャンプして――

「それでは一人ずつやられます!」

「そうだ、運だ!!」

 それならばジャンプして一人ずつ……

 今日、一番不運だった者が一人ずつレールガンに撃ち抜かれる方がマシだ。


「半分が基地に取り付けれればいい!!飛べぇ」

 ノリスを先頭に、揚月隊の面々は一斉に走法を変えた。彼らは月を跳ねるウサギのようにビョンビョンと飛び跳ねながら疾走する!

「ええい!」

「くそぉ!」

「頼む…!」

 戦場の歩兵には祈る以外の手段を持たない瞬間が訪れる。彼らはスナイパーという不運が自分を捕まえないよう、ただ祈るだけのシールドを展開してジョージ平原を疾走した。

 ノリスもまた全力で飛び跳ねながら、彼は月の虚空を見上げ憎らし気に呟く。

…!!」



 他方――。

『動きが変わりました!』

 サウロイド基地でもそれはすぐに察知した。

『バカみたいな連中だ。コオロギごっこをしてやがる』

 原始的な昆虫であるコオロギは、6600万年分の進化史が異なるサウロイドの地球でも一般的な虫だ。

『読み通り』

 砲術士官長代理のザラ中佐は、嫌いな相手とボードゲームでもやっているように|冷淡に言い捨てた。実際は、一射目のピアノ線攻撃が効かなかった事は全く以てそれはそれだ。「なぜ一射目が不発だったのか、平原に思えたが何か岩などの突起があったのか……まぁ検証は戦いの後に譲るべきだろう」とザラ中佐は賢明に棚上げしたわけである。


『弾体変更。通常弾』

『通常弾!?』

 歩兵に撃つのだから拡散弾で十分ではないのか、と補佐官は訊き返した。

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