第209話 月の海原を越えろ(後編)

 ジョージ平原の戦いの火蓋が落ちた。

 ムーンリバー渓谷という自然の塹壕から飛び出た揚月隊じんるいは、まるで第一次世界大戦の無謀な突撃作戦のように、その足力でもって3km先の敵陣(サウロイドの基地)に飛びつこうというのである!

 しかし人類にとって悪い方向の予測が当たり、基地の周りの12基のMMECレールガン砲台は健在だった。つまり基地を守っているだろう敵の歩兵隊ラプトルソルジャーと衝突して白兵戦になる以前に、見晴らしの良い平原でレールガンの餌食まとになる未来しか彼らには残されていなかったのである。

 しかし……!?

「シールド!」

 隊長のノリスは走りながら叫んだ。いやノリスだけでなない。それは命令ではなく、隊員のほとんど祈るような思いで叫んだからだ。


 ――シールド!?


 やはり人類側は無策ではなかったようだ。

 旧日本軍の気合一発の突撃作戦のように塹壕を飛び出した彼らだったが、その直後、極めて未来的な装置を使用したのである。

 それは電磁盾だった。

 いや盾と言っても腕で構えたりはしない。それは「両肩の上」と「両脇の下」から前方へと伸びる2メートルほどの4本の触覚アームのような機構である。


 アンテナはジャンプ傘のように前方に飛び出ると同時に、その先端にバッと金属膜メタルメッシュを張った。金属膜は宇宙服の胸部に予め収納されていたものだ。つまりその一枚の金属膜を背中から両肩両脇を抜けて前方へと飛び出た四本のアームが、テントの支柱のようになって眼前に広げた形である。


 壮観なティファニー山をバックに、横一文字になって月の海原を駆ける50余名の男達が一斉にシールドを展開する!


 そこに向かって―― サウロイドの殺意を形にしたようなが着弾した。


 ばゅーん!!

 実際には音は聞こえないが、擬音するならきっとこんな風だろう。

 10mほどの間隔をあけて地面と平行に進む二本の鉄心レールが、その間に張られたピアノ線で彼らをスライスしようと豪速で迫ったとき……なんとそのテントの支柱のような事にそれを弾いてしまったのである!


 いや、誇張をしすぎた。

 厳密には致命傷を免れただけだ。の間にいた11名は吹っ飛ばされ、紙吹雪のように散り散りになった薄膜と一緒に月の宙空に舞い上げられたのである。しかし大切なのはという事だ。サウロイドのピアノ線スライス攻撃を体の前面に広げられた薄膜でガードせしめたのである。むしろ紙吹雪と一緒に月の宙に舞うその動きは楽しそうですらあった。

 2000年代初頭の映画の特典映像では、よくワイヤーアクションの撮影風景メイキングが収められているが、まさにそんな軽妙な動きであった。背中に装着されたワイヤーを思い切り上後方に引っ張られたような、びょーん、という柔らかな吹き飛び方を11名の体が演じていた。


「ジョッシュ!ブルース!」

 後方にぶっ飛んだ11名を誰かが振り返ったとき

「とまるな!進め!!」

 ノリスは吠えた。突撃の速力を落とせば一網打尽にされるからだ。


――――――

―――――


 この揚月隊の秘密兵器、金属薄膜シールドは非接触式のとでも呼ぶべき装具だ。

 背中から両肩の上、両脇の下から伸びるアームが保持する薄膜は、膜に見えるほど細かく編まれた針金である。金をベースにした伝導率と粘性の高い合金を糸にして編まれた布地は、まるでトランポリンのように破けづらい。そしてこの膜で何をしたのかというと……

 まず、この金属膜でもって銃弾を受け止める。もちろんこれは、昔の中国の王族が頭の前に垂らす(正しい名前は何というのだろう)のようなものなので、これの強度で銃弾の勢いを止めるものではない。

 ただ膜には微弱な電流が流れていて、銃弾は膜の繊維の一本ずつを電線として通電する事でとなりつつ、4の中に突入する事となる。

 なるほど、この磁気同士の反発で弾丸を止めるのだな――というとそうでもない。

 磁石の反発ではなく、磁界の中を進む電流が受けるローレンツ力で止めるのだ。そう、つまりローレンツ力で弾を加速するレールガンと真逆の仕組みである。

 しかし、月の重力とはいえ人が携行できるレベルの小型装置が発生させるローレンツ力で、あの巨大な戦艦を一撃で撃沈させたレールガンを受け止められるのだろうか?

 その通りで、このメタルメッシュシールドがに与えるローレンツ力は大した事がない。微々たる力で最初のうちはほとんど減速させる事ができない。

 しかし、注目すべきは「磁石となった弾体が電線で編まれた膜の中を高速で通過する」という点だ。

 これは何を示しているかというと弾体の運動エネルギーによって電磁誘導が起きるという事だ。4本のアンテナ型の支柱には強力な誘導電流が発生し、その電流は装置内をUターンして金属膜を通じて弾体自身に流れる事になる。ローレンツ力は磁束と電流の積に比例するため、メタルメッシュシールドが発生させている磁場が大したことが無いとしても、弾体を流れる電流が膨大になればその力は目に見えて強くなるのである。

 メタルメッシュシールドに触れた弾体(金属弾丸)は、自分自身の運動エネルギーで自分自身を減速させるローレンツ力を生み出す事になるのだ!

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