第208話 月の海原を越えろ(中編)

 人類の揚月隊は、ジョージ平原に進み出た。

 そこは月の最大のクレーターの「静の海」の外側に広がる穏やかな海原で、周囲80平方キロメートルの範囲には起伏らしい起伏は無い。サウロイドの基地は平原のだいたい真ん中にあり、そこを目指して揚月隊は突撃しているわけだが、見晴らしの良いこの平原を歩兵の足でもって駆け抜けようというのは……ただシンプルに言って自殺行為だった。


 飛んで火に入るなんとやら、待ち受けるサウロイドもあまりに事態が簡単に進んだので笑ってしまう。サウロイド達は「きっとじんるいはこちらのMMEC砲台を全部潰したと思っているのだろう」と合点せざるを得なかった。敵に長距離砲が無いと信じるからこうして突撃を敢行できるというものだからだ。


『まさかMMECレールガンを人に撃つことになるとはねぇ』

 砲術士官長代理のザラ中佐は敵の歯応え無さに失望したようで、辟易として首を肩をすくめ、それから「発射」の合図として手を振った。それを見た副長代理は一瞬、戸惑うも仕方なく彼が代わりにマイクに向かって叫んだ。

『1番砲台、発射!!』


――バシュッ!!

 地球光で染まった月でもはっきりと分かるような雷光が走った!

 すでにを迎えた月は(太陽 - 月 - 地球という並びになっているときが起きる。太陽は昇らないが代わりに地球が反射光でもって月を照らすのだ)地球でいう豪雨の真昼のように明るかったが、基地の周囲にグルリと円形に配された砲台群(第一郭)のうちの1番砲台が余剰電力を噴いたとき、それは3km離れた地点にいた揚月隊でも光として知覚する事ができた。


 しかも――。

 放たれた鉄心レールガンは初めて見る弾体で、発射されるや否や二本に分裂すると平行に広がりながら飛翔していったのである。鉄心の太さと言い、電車のレールのような状態だ。

 そんな二本のレールの間は幅10mほどで、なんとよく見ると鋭利なピアノ線のような針金で繋がれているではないか。リドリー・スコット監督の「悪の法則」の中で、高速道路の電柱と電柱の間に針金を巻き付けて間を通過するバイク走者を暗殺するシーンがあるが、それを本気の科学力で形にしたような怖ろしい兵器だった。

 

二本の鉄心の間にいる者を全てスッパリと両断してやろうという構造の特殊弾は、サウロイド側の決意(いや、殺意)を感じさせた。


 ビュォォ!

 ピアノ線で繋がれた二本の鉄心は高さ1mほどで地面と平行に猛進し、塹壕(ムーンリバー渓谷)から這い出て、横一列になって突撃を敢行する揚月隊じんるいに襲い掛かった!

 そんな特殊な仕掛けを持つ鉄心ため、効率的にローレンツ力による加速を受ける事はできず、弾速は衛星軌道の四番艦を轟沈させた時のノーマル弾の2/5程度、約マッハ8に過ぎなかったが、3km先の陽月隊に着弾するまで1秒もかからない!


 地面に平行に張られたピアノ線は、細いワイヤーで卵をスライスする器具のように人体をスッパリいくだろう!

 だが、しかし!


「シールドぉ!!」

「来るぞー」

「シールド!」

「シールドだ!」

 地平線の向こうが光ったと見るや、揚月隊の面々は誰ともなく叫び出した。


 やはりレオの読み通り、人類は無策ではなかったのだ。

 第一次世界大戦の突撃作戦のように塹壕を飛び出した彼らだったが、その直後、極めて未来的な装備を使用したのである。

 それは電磁盾だった。とも呼べる構造の電磁盾を前方に展開していたのである!いまファラデーやマクスウェルが聖人エンジェルとなって彼らを庇護しようとしていたのだ。

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