第207話 月の海原を越えろ(前編)

 レオは、すでに数十名を殺された月面基地の司令官として、こちらの地球の霊長に対しを感じていた。警告も無しにスーサイドロケットを撃ち込んできた冷酷な無法者。その、を目の前で殺す事ができたなら、多少の慰めにはなるだろう…!


『そうか…まぁ』

 そんなレオの内心を察した親友エースは今は言葉が無力だと悟ったので、何も言わず背中を押してやった。

『まぁ…存分にやれや』

『ああ、そうする』

 レオはですます調を捨てて言う。

『煙幕か閃光か、きっと彼らは何らかの目くらましでジョージ平原を突破する気だろう。しかしそうはならない。MMECの弾倉は――』


 そのときだ。


『敵歩兵部隊、捕捉!』

 基地内のスピーカーがけたたましく鳴ったのである。

『各員、所定の戦闘位置につけ!繰り返す、敵歩兵部隊が――


――来たか

 二人は同時に思った。

『いく!お前は寝ていろよ?』

 レオは病室のドアを飛び出ると、自分がエースの返答さえ待たずに行ってしまった。

『ああ、はいはい』残されたエースは閉まるドアに向かって、やれやれと首を振った。『そうさせてもらいましょ…』

 そうニヒルに笑った彼は警報が鳴り続ける中で「うぅん」と寝返りを打つと、度胸の据わりか、あるいは「ここで何をしても無駄だ」という諦念ニヒルを示すように本当に眠りの姿勢に入ってしまった。

 戦いが始まろうが、我関せず……。

 彼がいま思うのはがどんな面をしているかだけだった。


 微睡まどろみの中で彼が想像するヘルメットをとったアイツ…つまりネッゲル青年の顔はのようなものだった。彼の確率次元の地球では哺乳類といえば「げっ歯類」だったからだ。

「よくも俺を蹴りやがったな」と宇宙服を着た巨大ビーバーが言うと

『わりぃ。けどお前だってナイフで俺を刺したろ』とエースは言い返した。

「そうか。うん……まぁ座れよ」ビーバーは本当にすまなそうに肩を落とす。

『ちくしょう、痛…ててて…』エースは腹を押さえながら月の石に座る。

「見ろ、イタリア半島が良く見えるじゃないか」ビーバーは露骨に話題を変える。

『あそこは、アクオル半島だ』

 ……奇妙な夢だ。

 寝る前の想像や記憶(たとえば映画とか)に引っ張られて夢が構築される事があるが――まさに疲れ切ったエースが短く深い眠りの中で見た夢はそれだった。彼は寝る直前に想像した巨大ビーバーと二人で月のクレーターに腰掛け、いかに地球が素晴らしく、いかに月が最悪かについて語り合う夢を見ることになった。


――――――

―――――

――――


 戦闘の描写は、どちらの側(サイド)から入るべきか悩ましい。

 攻撃する側・される側、どちらも面白くなりそうなものだから、きっと多くの映画監督が同じように悩んでいるに違いない。下手な監督は両方を描写してワケが分からなくなるケースもある…。


 しかしここではサウロイド側の描写が続いてバランスが悪くなっても、彼らの視点で物語を続けたい。


『捕捉!65度付近。しかしまさか!!?』

 サウロイドの管制官が叫んだ!

飛び出してきました』

『信じられない!本当に無策無為のままです!』

 司令室のモニターには、対地用に再設定された天体望遠鏡が捉えた驚愕の画面が映し出されていた。ムーンリバー渓谷の突端の小高い土手を乗り越えて、まるで第一次世界大戦で塹壕から突撃をするように敵の歩兵隊が駆けだしてきたのだ。

 その無策ぶりにサウロイド達は驚愕した。


 ――狂ってる…!


『そうか。ま、我々の知るところではない』いま司令室を預かるのは臨時の砲術士官長のザラ中佐である。彼は敵の大胆…というより愚かな行動に多少驚きつつも、持ち前の冷淡さでつまらなそうに下命した。『じゃ、砲撃開始。予定通りに』


 ――侮ったのな、ホントに。全砲門を潰したと侮っちゃったのな。


『1-5番、順次発射』

 命令を受けた副長代理は、各MMECレールガン砲台の発射を命じた。ザラ中佐の描写はさておき、作戦としてのポイントは一斉発射でないところである。

『間隔は3秒!仰角はゼロ』

『1番、補足完りょ――』

『はいはい、いいから。発射』ザラ中佐は無駄な復唱を足蹴にして、喰い気味に応答した。彼の興味はレールガンで人を撃ったらどうなるか、というところであった。『まさかMMECを人に撃つことになるとはねぇ』

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