第211話 月のウサギ作戦(後編)
50余名の
ビョンビョンと飛び跳ねるそれは月面で最もスピードが出る走法だが、同時に頭が上がるため最も狙撃されやすい走法でもある。
しかも、ここはただでさえ見晴らしのよいジョージ平原だ。狙って下さい、と言っているようなものである。
迎え撃つサウロイド基地の砲術士官らにとっては、まるで入れ食い状態の生け簀である。
『動きが変わりました!……え、飛び跳ねている!?』
『バカなのか!』
『ワイヤー攻撃(前章参照)を嫌がるのは分かるが、あれじゃあな』
しかし砲術士官長代理のザラ中佐は冷静だ。
『弾体変更。通常弾』
『通常弾!?』
歩兵に撃つのだから拡散弾で十分ではないのか、と副長代理は訊き返した。
『そ。出力は5%。何かしらの防御法をとっていると見たが、通常弾なら造作も無い』
そのザラの返答は、拡散弾で良いのではないか、という質問の答えになっていなかったので副長はなおも食い下がった。
『そうではなく!』
『だから急がば回れさ。俺は運が作戦に作用するのが許せない。拡散弾のラッキーヒットより通常弾が好きなんだ。こちらの歩兵と接敵する前に確実に20人は
興奮という感情はザラ中佐には無いようだ。彼はまるでファストフードを、さして楽しくも無さそうに注文するように淡々と言った。
『復唱しろ。弾体、通常弾。出力5%』
『りよ、了解! 各砲、通常弾を出力5%で用意。順次発射に移れ!』
『狙いは…言うまでもないな。各砲台にまかせる』
キィィン…バシュ!!
出力5%とはいえ、先ほどの特殊弾体と違い
撃たれる揚月の視点で言えば、3km遠方の地平線(月は小さいので人間の身長から見える地平線の端はたった3kmしかない)の向こうで、雷のような光がバッと閃いたなら、その眩しさで瞬きでもした瞬間にはもう長さ1.5mの極太の鉄パイプが頭上を通過するのだ。
出力を落としているとはいえ、その速度はマッハ9。
しかし風は感じない。それは幸運にも、ここは月だからだ。地球ならきっと音速衝撃波(ソニックブーム)で、当たっていなくても周囲の人間を枯れ葉のように巻き上げて関節を破壊するか、最低でも鼓膜を破壊するだろう!
発射に伴って、基地全体がズンと微震するや否や、司令室のスピーカーに通信が入った。
『命中!』
初弾を放った2番砲台からの報告だった。
『よぉし、止めるな!順次つづけ』
それを皮切りにして司令室のスピーカーは『命中』の大合唱になった。1~5番砲台がローテーションを組んで3秒間隔で砲撃しているので、100%の精度で命中させ続ければ、3分で揚月隊60名を全滅させられる計算になる。
『あっ…は、はは』
管制官の一人は思わず笑い出した。ははは、と記載したが、サウロイドの安堵を示す笑い声はハトの「フルッフー」に近い。きっとはるか古代、群れで暮らしている先祖が仲間に危険が去った事を伝える声なのだろう。
『造作もありませんね!』
『まぁ…やはり通常弾は防御しきれないとみえる』
しかしザラ中佐は不服そうだ。それは彼が無骨なラプトリアンだからではなく、彼自身の性格に依るところだろう。
『まさか本当に無策で、平地に突っ込んできたのか、やつらは』
『そりゃあそうでしょう!現に損害を出しています』
『くだらんなぁ…』
ザラ中佐が、落胆し退屈そうに呟く間も命中の報告は続いた。
『5番、命中です!』
『1番、ヒット…』
『2番、命中しました!』
『3番、命中を確認』
しかし…撃たれる側すれば「命中」どころの騒ぎでではない。
出来事としての事実は「命中」の一言で表現できても、真実は「命中」の一言ではとても言い現すことはできなかったからだ。
なにせ鉄心が当たろうものなら「うわぁぁ」という断末魔すら許されないのである。地平線の向こうがピカッと光ったと思うと、次の瞬間には誰かがトマトのようになっているのだ。
ジョージ平原を全速力で駆け抜けんとす揚月隊は、まるでウサギの集団のようにビョンビョンと飛び跳ねながら突撃するワケだが、そのうちの不運な誰かがジャンプ中にレールガンで撃ち抜かれ、ブチャッと水分たっぷりに粉砕されて月の中空にぶちまけられるのである。
「くそ…!くそくそくそぉ!」
「神様…!!」
「走れ!走るんだぁ!」
宇宙飛行士にまでなった聡明な若者達の過去と未来がいま、圧倒的な暴力によって次々と「パシャ!」「パシャ!」と無意味なトマトに変えられていく…。
だからこそ、せめてサウロイド達は「命中」ではなく「
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