第212話 ‟こっちの地球”の星の舟

 サウロイド基地の周囲をグルリと囲むMMECレールガン砲台群のその一基がバッと鋭い閃光を放つ事は、すなわち揚月隊じんるいの若者の一人の命が散る事を示している。

 命中率は100%。地磁気も風もない月で、たった3kmの距離にいる人間を撃ち抜くことなど、レールガンにとっては造作もないことだからだ。


『5番、命中です!』

『1番、ヒット…』

『2番、命中しました!』

『3番、命中を確認』


 12基ある砲台群のうち1~5番が3秒間隔のローテーションを組んで、まるでゼウスが投じる雷の槍のような豪速の鉄パイプを、容赦なく次々にジョージ平原に注いでいく。

 50余名の揚月隊の一人一人がいまできる事は、敵の基地ふところを目指して全力で駆ける事と、自分が標的にならないように祈る事だけだ。


「走れぇ!平原に隠れる場所なんてないぞ」ノリスは自分にいつレールガンが命中するかわからない状態で、なんとか仲間を鼓舞した。「走るしかないんだ!走れ!」

 まさに地獄絵図。

 ノリスは自分の後方でまた誰かが、ウォータースライダーのように背中全体を押す血液のスプラッシュで感じとった。

「うぅ…!くそ」いや血液だけでない。骨の破片が当たる嫌な感覚があったのだ。

「艦隊は!?!ええい、ボーマンめ!!」

 従順な職業軍人であるノリスが人生で最初で最後の上官への悪態を吐いたとき――


 それは起きた。


 先に気づいたのは、電波望遠鏡を空に構えていたサウロイドである。

『て、敵艦!?』

 砲撃に参加せず周囲を警戒していた6番砲台の砲術士官が叫び、その声が司令室のスピーカーに響いた。

『敵艦です!!!』

 それは人類からすると嫌な響きを持つ奇声だった。


 人類の言語の中で果たすは質問を示すときに語尾を上げる一種類だが、サウロイドやラプトリアンは違う。細かに音階を使いこなす彼らは文言と音階が混然一体となって意味を紡ぎ出すのである。だから、その砲術士官が叫んだ「敵艦です!!!」にはが含まれていたのだが、人間である我々には奇声にしか聞こえなかったし、人間である私は3つの「!」で示すしかなかったのだ。

 ……ともかくそれぐらい6番砲台の砲術士官は驚いた、という事で話を進める。


――敵艦だと!?

 と司令室の中にいるサウロイド人種の全員の羽毛がゾワッと逆立ち、ラプトリアン人種は尻尾をピンと張って身を乗り出した。楽勝ムードから緊張に変わる…!

そんな中、

『方位は!?』

 ラプトリアンであるザラ中佐だけは別の感情で叫んだ。「そうでなくては」と彼はクールな武者震いをするようだった。

『ほぼ正午!』6番砲台は叫び返す。『敵歩兵隊の真上です!』


――灯台下暗し!

 自分達がいま狙っている歩兵隊(人類側の呼び方でいうと揚月隊)と同じ地平線に敵艦隊が顔を出したという。進撃する歩兵の上を覆い被さるように通過するつもりなのだろうか!?


『映像、出ます!』

『…あれか』

 地平線から顔を出した2つの艦影、まだモザイクのようにしか見えないそれがサウロイドが初めて見るアルテミス級宇宙戦艦(実際は宇宙船)の全容だった。


――あれが…の霊長が作った星の舟か。


、目標変更!』

『全砲門!?』

『そうだ。…ま、歩兵隊に頑張って貰おう』

 これはつまり砲兵隊として敵の歩兵の数を削るという任務より、敵艦を攻撃する任務を優先するという事を示した発言である。砲兵隊が敵を削らないという事は、敵は40余名を残したままジョージ平原を駆け抜け、エラキ曹長率いる15名のラプトルソルジャーが守るA棟のエアロックの前で衝突する事になるだろう。


 まるで攻城戦で城門の前でもみ合いになるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る