第213話 ポーンを捨ててクィーンを狙え

 サウロイド達は、月の灰色の水平線の向こうから‟こっちの地球”の星の舟が昇ってくるのを目の当たりにした。


 あれか――!?


 地平線から顔を出した2つの艦影、まだモザイクのようにしか見えないそれがサウロイドが初めて見るアルテミス級宇宙戦艦(実際は宇宙船)の全容だ。

『全砲門、目標変更!』

 ザラ砲術士官長代理は迷うことなく言い放った。

『全砲門!?』

 副長代理は驚く。それはそうだ。ジョージ平原を突貫してくる敵歩兵部隊への攻撃を止めて、代わりに敵艦と闘おうというのは、無傷の敵とこちらの歩兵が衝突する事を意味しているからだ。

『1-5番は引き続き、敵歩兵を牽制すべきでは!?』


 と、そのとき。司令室にレオが到着した。

『ザラ中佐の判断を支持します。これは千載一遇のチャンス…』

 なんとしても押さえ続けられている制空権を打破したかったレオは、司令官としての非情さを見せたわけである。


――後でこちらの歩兵が死ぬとしても、今は敵艦を討つべきだ。


 敵艦隊が月のかげに隠れて(隠れるような軌道を回って)いつ顔を出すか分からない状態で怯え続けるというのは、サッカーで敵チームにペナルティエリア付近でボール回しをされているようなものだったからだ。


『全砲門でもって‟瞬殺”してください。原子炉も全力運転中です。絶好の機会なのです』

 レオはもちろん敵艦隊の不用意な動き(なぜ月の陰から顔を出したか…)を疑いはしていたが、今は一秒でも無駄にはできない。悩んでいる暇はなかったのだ。それに早く敵艦を倒してしまえば、また敵の歩兵部隊のが再開できて、結果として歩兵同士が衝突した際に数の面でラプトルソルジャー隊が有利になる。

『承知しました』

 ザラ中佐は砲兵の長として受命する。

『1-5番は追加充電開始(充電率5%では軌道上まで届かないからだ)。6-12番は敵艦を狙え。艦影は2。左を甲、右を乙と仮称。一斉発射で撃滅する。6-9が甲、10-12が乙!』

 ザラ中佐は相変わらず平板とした語調だが、少し水を得た魚のようになって活き活きと早口で作戦を伝えた。司令官レオの前だからシャンとしているというよりは、王手をかける前の棋士のように気分が高揚している様子だ。


 そうしてザラ中佐がマイクづてに指示を出すや否や、既に充電が終わっていた6-12番砲台からはほとんど間髪おかず「捕捉!」と返答があり――

 それに対してさらに間髪おかず、「捉(Soku)」の「k」が発せられた瞬間にザラは応えた。

『撃てぇ!』



 それを肉眼で見たのは揚月隊であった。

 地平線の向こうで今までよりさらに強い、まるでが輝いたと思うと、自分達の頭上を超えて一直線の赤い残像(ライン)が走った!

 赤いラインは頭の上を超えて背後の空へと定規で線を引いたように伸びていく。

「あれが本息ほんいきのレールガン…!?」

 音速を十倍以上も凌駕する鉄心の先端は月の希薄な大気ですら白熱し、赤い尾を月の真っ黒な空に残して空の彼方へと飛び去っていく。むろん、いつ撃たれるか分からない揚月隊員のほとんどは、そんな超常の力を前にしても命辛々と全速力で走り続けるだけだったが、ノリスなど一部の者は走りながらも振り向かえって空を仰ぎ、その軌跡を目で追わずにはいられなかった。マッハ20であっという間に視界から飛び去った鉄心は、赤い残像だげを彼の網膜に残していく――!


「来ます!数は6!」

 二番艦のオペレータ、マイルズは叫んだ。

「予想通り!」とアニィが続けば

!」とボーマンは忌憚なく言い放った。


――手は無い!?


 船が轟沈しようという刹那に、なんという無策な連中なのだと思った我々を、さらに次の真之の言葉が一層に困惑に叩き込んだ。

「総員、!!」

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