第307話 The Encounter(中編)

 北のA棟から南のC棟へ撤退するレオ司令サウロイドの一行と、東の棟から見るもの全てを殺しながら西進を続けた揚月隊サピエンスは、不運にもほぼ同時刻に基地の中央広間ジャンクションホールに至った。

それはもう完全に、バッタリと出会ってしまったのである。

 なお揚月隊はすでに、ジャンクションホールの守備隊(C棟から捕虜であるネッゲル青年を追ってきた一団)と一戦を交えていて、ホールの中は既にサウロイドとラプトリアンの死骸で溢れ地獄の様相を呈している。揚月隊も9人にまで減り、彼らの勝利に大いに貢献したサウロイドの言うところの鉄片投射器アサルトライフルの弾も残り少ないが、こうなってしまえば戦うしかない――!


「敵だ!」

『敵だ!』

 両者が両者の言葉で叫び銃を構えた。しかしその時だ!

 サウロイドの与圧服を着たネッゲル青年が、両手の頭の横に掲げながら、なんと両者の間に飛び出したのである!


 そう、やはり彼は生きていたのだ!

 一気に真空に放り出されたわけではなく、与圧された部屋から真空へと放り出される空気の津波に乗って吹っ飛んだ事が幸いし、体外の気圧が徐々に下がったために鼓膜や肺が内側から破裂せずに済んだのだろう。


「何をする!ネッゲル!」

 両陣営の真ん中に進み出ようとするネッゲルの肩をソン中尉の左手が掴んで制した。しかもソン中尉は抜かりなく、右手一本でライフルを保持し、9人の敵のうち適当に選んだ一人(誰が指揮官かは分からなかったから、尻尾のある強そうなヤツとしてラプトリアンである女兵士を選んでいた)の頭をエイムし続けている。


 しかしそれに対してネッゲル青年は

「よすんだ、ソン…!」

 自分の肩に置かれたソン中尉の左手をポンポンと叩いて落ち着かせた。

 先ほど記した通り、ネッゲル青年はいまサウロイドの与圧服(ゾフィが着ている小さいサイズの非戦闘用のもの)を着ている。彼らの与圧服は人類のプロポーションに合わず、ネッゲル青年のマッチョぶりのせいでもあるが肩幅はパツパツである一方、逆に足は身長192cmの彼の長い足を持ってしてもダブダブであり、まるで輸入したてのリーヴァイスのジーンズを履いた昭和の成金男のような間抜けな出で立ちではある。しかしその間抜けさを感じさせないがいまネッゲル青年の体からは放たれていた。


「任せてくれ」

 ネッゲル青年は自分の体をサウロイド達の的にしたまま、首だけを左後ろのソン中尉に向けた。そしてヘルメット越しにお互いの視線が交わった瞬間

「な…!?」

 ソン中尉は言葉を失った。

 真空に晒されたために顔面のあちこちで内出血が起きているゾンビのような顔……その顔は霜で覆われ対照的に目は真っ赤に充血しているに関わらず、なんと穏やかなことか。

 ソン中尉には、この距離であってもネッゲル青年の「任せてくれ」の声は聞こえないが(着ている宇宙服が違うので通信不能だった)その視線から、彼が双方に流血沙汰を諫めようとしている事が言葉より如実に分かった。

「ネッゲル…」

 分かったからこそ、ネッゲル青年の肩を掴むソン中尉の右手の握力がフゥと抜けて彼を行かせてしまったのである。

 そうして、肩が解放されたネッゲル青年は、さらに大胆にサウロイド達の方へ歩を進めた。手を顔の高さに上げ、そしてを見せながら……


―――サウロイド達に視点を変えよう。


『ち、近づいてきます』

 いまだソン中尉からヘッドショットを狙われているラプトリアンの女兵士が声を震わせた。

『…待て』

 レオもザラも冷静を保っていたが、近づいてくる謎の男の行動に混乱してなかなか動くことはできない。「待て」という命令を絞り出すのが精いっぱいだった。むしろザラなどは「フレアボールをどこに撃てば、ワンショットで複数人を倒せるか」という事を考えているぐらいだ。「連射性能で負けていても、一撃で3人を持っていければ…」という砲術士官らしい考えである。

 しかしそのときだ。

『彼だわ…』

 文官ゆえに、守られるように固まった一団の環の中に居たゾフィが飛び出したのである。ゾフィは、サウロイド文化独特の紫色の警告灯が男のヘルメットを貫通し、男の顔を照らした瞬間をハッキリと見たのだ。

『間違いない。彼だわ!』

『ゾフィ!待て』

 レオはゾフィの腕を捕まえようとしたが一瞬の差で逃し、ゾフィはそのまま進み出た。

『戻れ!司軍法官!』

 勝機を見出していたザラはこの作中初めて激昂を示したが、もうゾフィは止められない。彼女は雪原を駆ける不用心な白兎のように、凍り付いた場の空気を砕いて躍り出ると、男の前、たった1mの距離に立った!

 

 両陣営が燃える氷のように固まった。

 ドクン…!ドクン…! と鼓動はゆっくりと強く叩いている。

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