第306話 The Encounter (前編)

 東西南北に伸びる4つの棟がくっつき、十字の形を成すサウロイドの月面基地。

 その北棟に相当するA棟から、南のC棟へ一時撤退しようというレオ司令の小隊と、東のB棟から攻めに攻め上がりついにそこを突破した揚月隊が、今まさに基地の中央で遭遇した――!


 開戦当初B棟は、レオの妙策によりあえて月面そとから簡単に侵入できるような防備にし、中に敵を引き込んだのち、B棟自体を巨大な迷宮に見立てて敵を撃滅する作戦をとっていた。その迷宮ラビリンス人を喰らう魔物ミノタウロスは、レオが持つ最強の手駒だった歩兵隊のラプトルソルジャーである。

 が、それを海底人が破ってしまった。ラプトルソルジャーを一人ずつ手にかけ間接的に、人類がB棟を制圧する助けをしたのである。


 海底人の意図はいまのところ不明だ。

 しかし一つ言えることは、彼らもこの「遭遇」については予定外の事だっただろう。互いの戦士同士、互いの死体同士が出会うならいい。

 しかし「遭遇」はシナリオにない――と彼らは慌てているに違いない。


――――――

―――――


 ジャンクションホールのゲートが開くと、双方を支配していた安堵の空気は一変した。真空のせいで音は聞こえず、次元跳躍孔ホールのせいで電波は通らず、まるでコントのように、レオが率いる一団と揚月隊はゲート一枚で向かい合っていた状態だったのだ。だからそのゲートがスッと開くや否や……

『て、敵だ!』

 サウロイドの視点で言えば、目の前にサピエンスが現れ

「て、敵だ!」

 人類の視点で言えば、目の前にサウロイドが現れた形になったのだ。


 双方がバッと後ずさりし、そしてそれぞれが武器を構えた!

 一触即発!いや‟即発”でなかっただけマシだろう。そしてこの刹那を好機として、全員が後ろに飛び退いた中で一人だけ

「待て!!」

 と叫んで、双方の射線の中央に進み出た男がいた。


 が身を挺して双方の射線に飛び出たことで、揚月隊とレオ達の両者が真冬の白樺のようにピンッと硬直する!

「な――っ!!?」

 と揚月隊のある者は言葉を失い

『待て…!』

 レオは自分が率先して右手に構えたフレアボール(ロックマンのようなポーズだ)の銃口を、ほんの少しだけ下げる事で、かすかな交渉の余地を示した。


 それから命知らずにも、男はさらに一歩進み出る。

 両手の頭の位置に上げ、そして見せながら……


『あれは…!?』

 あれは、サウロイドの降伏を表わすジェスチャーだ。爪が武器だった祖先の名残で、敵意が無い事を示すのは「クロー攻撃」の不意打ちができない見せるのが、彼らのジェスチャーだった。転じて「まぁまぁ」や「落ち着いて」という相手に冷静な対応を求めるジェスチャーでもある。


 そしていま、なんと奇妙なことか。

 そのサウロイドのジェスチャーを、サピエンスがしていた……


――――


 これは、後世振り返ってみれば歴史的な瞬間だった。

 この戦いの中で初めて暴力以外の交流を持った瞬間であり、そしてそれは人間とサウロイドの初めての文明同士の「遭遇」であったからだ。


 しかしなぜ、両者はギリギリのところで踏みとどまれたのだろう?

 一人でも血の気の多いヤツが居たらお終いだった。

 いや「相手が発砲してくるかもしれない、」という確率論で考えても、こちらもすぐに発砲してしまうべきだったはずだ。

 しかしそうならなかったのは、やはり両者が6000万年の進化の隔たりがあるとはいえ同じ地球の生物であり、互いに憐憫と愛着を持ち得たからに違いない。それに加え、両者の視線を遮るものは何もなく双方ともにと、何よりミサイル攻撃からこの5時間に続くフルスロットルの戦闘を経て、いよいよ厭戦の気持ちに支配されていた事が幸いしたのだろう。

 誰もすぐに引き金を引けなかったのである。

 どちらかといえば問答無用で発砲しそうなのは揚月隊じんるいの方だったが、彼らはいましがた、このジャンクションホールを制圧するために戦死者を厭わず烈火のごとく戦い、ちょうど安堵したところだったので闘志の意図が途切れていたのもある。一人一人は頭では臨戦状態をキープしているが、全体として戦意も残弾も尽きかけていたのだ。


――――


 閑話休題。現実時間に戻ろう。


 ズイッズィッと前に歩むの背中に向けて一人が叫んだ。

「何をする!」

 ソン中尉だった。ソン中尉はレオと違い銃口を完全に敵の一人の頭にエイムしたまま微動だにせず、スコープを覗いたままの姿勢で男に怒鳴った。

「血迷ったか!」

 ソン中尉の状況を補足すると、彼は全くもって健在だった。B棟からこのジャンクションに攻め入った17人の陽月隊のうち9人が死んでいたが、不思議なことに最前線にいた彼は傷一つなかったのである。まさに彼が「俺は無敵だ」と言った通りになったようだ。

 だが、そんなソン中尉でもの動きは御せない。

「おい!戻れ!」

 いくら声を荒げても男は止まらない。一歩、一歩とアルツハイマーの老人のように歩き続ける。いや違う。

「そうか…ちぃ!」

 よく考えれば、その男はを着ているので、通信が聞こえないのだ。ソン中尉はそれを思い出して、本当に怒り心頭の舌打ちしながらすこーうを覗くのをやめ、その男の背中を追ってザザッと素早く前に踏み出ると、それから男の肩をグワッと掴んだ。

 そしてソン中尉はの名前を叫ぶ。


「何をしている!? !」

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