第314話 Worst Case そして…
月面基地におけるサウロイド達の最後の砦となったC棟では、司令官レオに対する、砲術士官長代理のザラ中佐の「弾劾」が続いていた。
内容の趣旨は、さきほど
『合理的に見て、攻撃すべきだった。なにせジャンクションホールは遮蔽物も無く、敵は横一列で密集していた』
ザラ中佐はオープン通信で弾劾する。ここにいる22人全員を証人か陪審員にしたいからだ。
『フレアボールの威力が活きる絶好の状況だったはずだ。……むろん無茶を言っている訳じゃない。あの‟
ザラが一息に喋ってしまうと、あとは沈黙だけが残った。その沈黙はしばらく続き、そして副司令がレオを促した。
『……司令? 何か言って下さい…』
『すぅー。そうですね。まず第一に――』
レオは疲れたように溜息を吐きつつ言った。サウロイドの肺ならではの深い深い溜息だ。
『弾劾は……本国で受けましょう。ザラ中佐の証言に嘘も悪意も無いので、ここで反論しても仕方が無い。価値観の違いをぶつけ合っても不毛な水掛け論になるだけだ』
――本国で!?
宇宙服越しでも全員の羽毛がゾワッと逆立ったのが分かった。
ここにいる22人の中には安堵する者もいれば、兵士の責任感から怒る者もいた。そんな中でもエースだけは飄々としていて、ここでも中立で両方の感情をアッケラカンと示した。
『そりゃ嬉しいけどな。基地を捨てるのはどうかな?レオ。よく考えてみろ。一度、基地を抑えられたら奪還するのは相当だぞ。まだ踏ん張ってみた方がいいんじゃないか?』
『そうです司令!仲間もたくさん殺された!逃げるわけには…』
副司令もエースに同意する。もっともエースが示した論点とは全く違い、たまたま結論が同じだったというだけだ。
『いや…副司令。仲間が死んだどうこうじゃなくてですね』
エースは堪らず苦笑しそれを指摘しようとしたが、レオが和やかな笑いで遮った。
『大尉も副司令も何か勘違いしている。勝負はもう決したんですよ』
レオの言葉に周囲はまた「勝負はすでに決しているだって?」「ん?勝ったってことか?」「いや基地の大部分の制圧されてるんだぜ?負けたってことだろ」と騒然となった。困ったときに顔を見合わせるのは人間と同じである。
『レオ。分かるように説明してくれ』
『はは。すまんエース…いや大尉。 そうでした、A棟から来た私の同行者は知っていても、他の者は状況が分かっていないのでしたね。謎かけをして意地悪するつもりはありません』
レオは続けた。
『つまり我々は「人事を尽くし天命を待つ」という状況にあります。やれる事は全てやったのです』
『ほう?』
『もうできることはない』
『勝ったのよね?』
ゾフィがそう無邪気に言ったが、ザラは否定した。
『いや、違う。勝負が着いただけだ』
『そのとおり、勝負だけが着いている。しかし結果を我々が知るのは…そうだな一時間ほど必要だ。我々が勝つのはザラ中佐が指摘するように焦土作戦が上手いくケースだ。想定通り彼らは酸素を補給できず、そしてこのゲートを破る事もできず最終的に凍死か酸欠で死ぬ…というのが我々が勝利するフローです』
レオはゲートを摩りながら説明した。まるで合戦前に相棒の戦象に「頼むぞ」と喝と願いをかけるように分厚い鉄のゲートを撫でている。
『そうね…』
ネッゲル青年にシンパシーを抱いているゾフィは、その‟勝ちパターン”に対して少しだけ寂しそうに頷くがエースは気付かずに
『負けるパターンは?』
とアッケラカンと訊き返した。
この問いにはレオではなく、ザラが応じる。
『負けるパターンは、いくつかある。まず一番良いのが、ヤツらがこのゲートを突破するだけの火力を隠し持っている事だ』
『それが一番良いパターン…か?』
エースは苦笑した。
『そうさ。相手がまだ白兵戦で戦う気なら、こちらにもやりようはあるだろう?大尉』
『なるほど』
『次に悪いパターンは、ヤツらがA棟の原子炉をいじる事だ。宇宙船を作るぐらいの科学力を持った種族だから、A棟の発電室を見つけたらそれが核分裂炉であることぐらいはすぐに気付くだろう。そして彼らがメチャクチャにいじった結果、最悪メルトダウンを起こして両者全滅…というケースは十分に考えられる』
『なるほど』
ゾフィが頷いた。
『でも「次に悪いのは」という言い方をしたのを見ると、もう一つぐらいありそうね。悪いケースが』
彼女はザラに対して少し敵対的な笑顔を向けつつ訊いたが、その質問に応えたのはレオだった。
『ああ、最悪なケースはですね』
レオは言葉を濁すことなく、ただ全員に向けて淡々と示した。
『敵の宇宙船がまだ攻撃能力を持っていることです』
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