第315話 Best Case(前編)
紫の警告灯に照らされたC棟のメイン通路では、ザラ中佐によるレオ司令に対する弾劾が続いている。
彼らの眼前にはジャンクションホールへと通じる巨大なゲートが降りていて、それは当然「敵をせき止める」という意味で彼らを助けるものだったが、通路の先に立ちはだかる様は何か彼らのドン詰まりの状況を暗喩しているように感じれもした。
人事を尽くして天命を待つ――と言えば聞こえはいいが、それはつまり「どんな
――
『最悪なケースはですね、敵の宇宙船がまだ攻撃力を持っていることです』
レオは何人かを掻き分け、人の輪の中央に進み出ながら
この基地で動ける者はここに集まった22人しかいない(C棟の奥の方には、まだ少し研究者が残っているが)ので、その様はまるでハーフタイムで檄を飛ばすサッカーの監督のようである。
では、レオの話を聞こう。
彼はまず全員を安心させることから話した。
『おそらく敵に
レオはあまり上手ではない演技の苦笑を浮かべて言った。ちなみに「人類はもっとたくさんミサイルを有しているだろう」と思われるかもしれないが、地球から月までというのは途方もなく遠く、史上最大のロケットで加速させたアポロ11号でさえ4日以上もかかった。
『一番の脅威であるスーサイドロケットはもう無いはずだ。残っていたら、母艦自らがわざわざこの基地の上空に侵入し、こちらの
『それはそうです!』
副司令が相槌した。
そうれはそうだ、その前時代的な艦砲射撃(うちあい)に参加したせいで二番艦ディビッドと三番艦ソロモンは大破した。アメリカ国籍のアルテミス級2隻が沈んだワケだ。
……いやよく考えると、アメリカは各国からの「見舞金」を次世代級の建造の資金とするために、あえて
そういえば艦隊の司令もアメリカ人のボーマンだが……?
閑話休題。
そんな
『懸念すべきは敵がまだ戦える宇宙船を
『まぁ理にかなっている、と思うな』
エースが頷いた。これまた、友人としてではなく合理的な意見ででである。ザラ中佐も副司令もいるので、大尉の彼が支持表明すべき状況ではないが、まぁさすがに誰もそこにはツッコまなかった。
『しかし。それは推測でね』
ザラは馬鹿にするように‟足踏み”した。
これは人間でいう肩をすくめるのと同じジェスチャーである。おそらく由来は同じで、一番の武器である腕(サウロイドやラプトリアンでいえば足)を持て余して見せることで、相手を愚弄する目的だ。
『前にも言ったように、私は運が嫌いだ。もし、を論じるより……シンプルにさっき攻撃してしまうべきだったのですよ。A棟の焦土作戦は無駄骨に終わるが、それをもったいないと思って後に引き返せないのは愚者の思想だ』
旧日本軍や倒産する会社の経営者、はたまたギャンブラーへの諫言としてもザラの指摘は響く。
『費やした過去の労力などを判断基準に含むべきではない。それはどうでもよく、勝てるなら勝ってしまうべきだった。さっきね』
『正確には歩兵を排除できるだけで勝ちにはならないでしょう、中佐』
『いや、勝ちになるさ』
『レオ…じゃなくて司令の言う、ワーストケースの解決にもなるんです?』
エースが全員を代表して訊き、ザラは嫌味に
『仕方ない、説明しよう。つまり基地内の敵を排除できればA棟を復旧できる。A棟を復旧できればMMECの準備ができる。MMECが準備できれば敵の宇宙船に怯える必要もない』
『あ、そっか』
『だろ?大尉。我々はただ月面の重力を愉しみながら、
ザラの「運」嫌いも本物だ…。自分が死ぬ可能性が高くとも「運」が介在するよりは、攻撃すべきだったと主張する。そしてそういう主張だからこそ「レオは命が惜しくなって攻撃を取りやめたのだ」」いう発想に囚われていた。
だがレオが攻撃を止めたのは、我々の知るとおり、違う理由によるものだ。
そうレオの中には確固たる「ベスト・ケース」がある。
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