第316話 Best Case(後編)

 ザラ砲術士官長代理は、さきほど敵の揚月隊じんるいと遭遇したときに多少の犠牲(彼もまた公平なのは、この犠牲に自分が含まれる可能性さえ含んでいてもという点だ)無理にでも攻撃すべきだった理由を周囲に説明した。

『仕方ない、説明しよう。つまり基地内の敵を排除できればA棟を復旧できる。A棟を復旧できればMMECレールガンの準備ができる。MMECが準備できれば敵の宇宙船に怯える必要もない。我々はただ月面の重力を愉しみながら、次元跳躍孔ホールを抜けて増援が来るまでの80時間を待つ事ができたのだ』

 ザラの言葉の裏には「それなのにレオは自分の命が惜しくなって攻撃を取りやめたのだ」という弾劾が含まれていて、それを感じ取ったゾフィを辟易とさせた。

『そうじゃないって…』

 しかしエースは真摯に中立のスタンスだった。

『まぁ、中佐の言うことに理があるのは分かりましたよ』

 戦士である彼が間に立つのだから、奇妙なものだ。

『いったんこうしませんか、中佐?起きたことの検証は本国に戻ってからにして…次に出来る事を考えましょうよ』

『だから…大尉。出来る事が無くなってしまった、と言っているんだ。司令のせいで』

『ふぅん。レオ…いや司令は?』

 何か言い返すべき事はあるか、とエースはため息交じりにレオに話を振った。

「ありません。その通りです。やっぱりUターンしてゲートを開いて突撃する…というのは危険過ぎますからね。数では勝っていても、せまいゲートの出入り口付近で密集する事になる我々は今度こそ敵の鉄片投射器アサルトライフルで一網打尽になります』

『やれることは無い、か。…まぁ、それならそれで良し』

『良くないだろ。大尉』

 副司令はようやく気付いて「なんでお前が裁判官をしてるんだ」という風にツッコミを入れた。副司令の太い声(人間で例えるならのような声だ)は場の悲痛を和ませる力がある。

『いやいや。待機というのは立派な戦法ですよ。私の祖先はその戦法で“百獣の偽王”になった』

 一万年前、ラプトリアンはネアンデルタール人のように正当な身体能力にものを言わせた「攻めの狩り」でもって百獣の王になったが、サウロイドはホモサピエンスのように罠や闇討ちという「待ちの狩り」でもって百獣のになったのだ。そのことをエースはジョークにした。

『待機が最善策か、いかにもサウロイド的な考えだな大尉』

『それはポリティカリーコレクトネスに引っかかる発言ですよ。副司令』

 エースは人種差別ポリコレ問題を含むな言い方だと微笑みつつ、話を続けた。

『もっとも、ここで立ち話をしていても「待機」にはなるが、もっと良い「待機」があるはずだ。レオ…じゃなくて司令。中佐の言い分の方が筋が通っているように思うしアナタは罷免されるかもしれないが……少なくともまだアナタは基地の司令官です。ご采配を』

『ええ』

 レオは友人の巧みな仲裁に感動して少し湿っぽく「ええ」と頷くと、次はカラッとした声で下命した。

『では、みなさん。奥に進んで下さい。そして1つの部屋に…そうですね次元跳躍孔の監視室に集まるのです。1したい。というのも宇宙服は温存しなければいけないからです』

 A棟の原子炉は、破壊しないまでもリベットを抜いてしまっており核分裂が止まっていた。これは例の焦土作戦の一環で、もちろん敵に電気を与えないためだが、同時にそのせいでC棟も電力不足になっている。それゆえC棟の燃料電池に残された電力を節約するため1部屋に集まろうというのだ。

『よし!移動しましょう。痛てて…ちょうどよかった。月面鎧(Tecアーマー。エースは装甲機兵の最後の1人なので、宇宙服の代わりにアーマーを身に着けている)を脱いで腹の傷も見たかったところだ』

 エースは右手で腹を押さえつつ、左手を振って集団に歩き出すように指示した。

『アンタはもういいわよ。次元跳躍孔ホールをくぐって』

 ゾフィはエースに本国に帰れと言ったが、彼は聞かない。

『傷の具合次第だな。いけるなら最後まで付き合うぜ』

 ただ“待つだけ”という気楽な作戦で、こんなに面白い状況のを鑑賞できるのだから離脱したくない、と言うのが彼の本音だった。



 こうして――

 第一次人竜戦の最終局面は「我慢比べ」という地味な結末を迎えようとしていた。


 レオの読みとしてはという事だ。

 しかも、これは希望的観測でもなんでもない。

 彼らは確かにA、B棟を制圧したが、どちらにも酸素タンクは残っていないし、原子炉も止まっている。A棟には食料や薬剤や貴重なサンプル(エイリアンと謎の巨大甲虫ビッグバグ)はあるが、生存の助けにはならないだろう。彼らのスマートな月面服を見るに、あと30分ほどで酸素は尽きるに違いない。


 ――うん。ああそうだ。

 ――何度考えても…我々の勝ちだ。


 レオはゾロゾロとC棟の奥に進む行列の最後尾を歩きながら、何度も反芻した。そして勝利を確信すると、次は希望(ベストケース)を考えた。

 それは彼らが彼らの母星ちきゅうに伝えることだ。つまり――


「月にいるのは宇宙人じゃない」

「別の確率次元を進んだ地球の住人、つまり別の進化史を歩んだ地球人だ」

「彼らは敵じゃないし、話が分かる相手だ」

「俺達は月面服の生命維持が切れて死んでしまうが…」

「彼らに殺されたのではない」

「なんとしても彼らと交渉するんだ」

 ……という事実と経験と教訓を、彼らの母星ちきゅうにいる仲間に伝えてくれる事をレオは望んでいた。


 そう!

 これこそがレオが戦いを避けた(ザラ中佐に言わせれば)理由である。だからこそ、むしろレオは敵を殺すワケにはいかなかったのだ。なおゾフィは「酸素を分けてあげましょう」とか言い出しそうだが、そこまではさすがのレオも譲れない。申し訳ないが基地に侵入した揚月隊は上記の情報を仲間に伝えてから死んで貰わねばならないのだ。


 だがいずれにせよ

 レオの希望はとても文明的で、戦場における最低限の優しさを有していて、そして――


 そして達成されるはずだった。

 普通にいけば…

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