第227話 ポーンを見捨てるビショップを誰が責めようか

 二番艦デイビッドはアッパーカットを食らったクジラのように完全に顎を上げ、その柔らかな腹をサウロイドのMMECレールガン砲台の砲口の前に晒してた。

 2033年に人類が持つ宇宙戦艦は、船首以外はほとんどアルミ箔で出来ているような戦艦とは名ばかりの代物であり、柔らかな腹にレールガンを食らえば轟沈どころか粉みじんになってしまうだろう。


 ゆえに二番艦デイビッドのブリッジの面々は死を覚悟したものの、しかし彼らの悪運たびは偶然にも続くことになった――。

 実はちょうどこのとき、二番艦に向かって祝砲トドメを放とうとした1番砲台をこの制圧の様子は後章に譲るとして……ともかくサウロイド達は1番砲台での砲撃を断念し、2番砲台の充電を待たねばならなくなったのだった。


 ――時間の余裕ができた。


 これを好機とばかりにボーマンは叫んだ。

「真之、離脱だ!」

「離脱ですか!?」

 艦長の真之が訊き返したのは、揚月隊の上陸(基地への殴り込み)が完了する予定時間より30秒も早かったからだ。

 上記の「揚月隊がすでに敵の懐に飛び込んだ」という情報を知らない真之は自分達の死を引き換えにでも、予定時間まで敵の注意を引きつけておきたかったのである。

 しかしボーマンは違った。

「いいから離脱だ!」

 確率論として「もう援護砲撃が必要ない確率」が少しでも生じたとみるや、一目散に逃げ延びたかったのである。


「逃げるんだ!」

 乗組員の生死がどうこうより貴重なアルテミス級戦艦を撃破されたくなかった――などという謙遜はアメリカ人のボーマンには無かった。

 彼に言わせれば、もうフレームがひしゃげてボロボロの二番艦デイビッドより、人類初の宇宙戦闘を経験した乗組員()の方に価値があると彼は判断していた。

 自分達が戦闘空域を離脱した事で、暇になった砲台が戯れにのは間違いない――ボーマンはそう冷酷に判断したのだ。

 ポーンを見捨てるビショップを誰が責めようか!


「復唱しろ!!」

 温厚なボーマンも、ここは気合を入れるため大いに吠えた。

「了解!離脱開始!」

 艦長、副艦長の夫婦(真之とアニィ)は、ヒヒィーンと鞭を打たれた馬のように復唱した。

「SAL!コースの提案をして」

 操艦を操るアニィはSALに移動の候補を算出させれば、それと同時に真之は隣の三番艦ソロモンに連絡する。

「こちら二番艦、すまん、先に離脱する!貴艦は10秒後に射撃を止めて防御姿勢に戻れ。おそらく本艦が目標を外れた瞬間にそちらが標的になる!」

 真之は電信(マイク)にそう告げたあと、肉眼でチラリと窓の外の1km遠方に浮かぶ三番艦を一瞥した。

「幸運を祈るぞ…」

 吠えまくる番犬がごとく、メチャクチャに砲撃してこちらを援護してくれた頼もしい僚艦だった――!


 ……と、他方でアニィは

「え、じゃない!?」

 頭を抱えていた。

「なんだって?」

 真之は「墜落」という衝撃的な言葉に反応して、視線を窓からアニィの方に引き戻された。

「はい、全て墜落コースの提案になります」

 SALは冷静に応えた。

 度重なるレールガンの着弾でフレームはひしゃげ、軌道は乱れ、自転を始めている二番艦はすでに航行を続ける事が困難になっていたのだ。宇宙だから慣性で飛び続ける事は出来ようが、それではまたレールガンの的になるだけだ。だからSALの電子頭脳はまず「空域を離脱する事=生き延びる事」と近似し、さらに「生き延びる事」を求めると墜落がもっとも確率が高いものとして算出ていあんしたのである。

「司令!」

 司令どうすれば!?とアニィは後部座席のボーマンを振り向いた。

「いい!墜落、大いに結構!」

 ボーマンは豪胆に応えた。

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