第228話 マジカル・スペース・アドベンチャー

 満身創痍の二番艦デイビッドは、揚月隊(月面を進行する歩兵隊)がサウロイドの基地に取りついたものと、戦闘空域を離脱する決断を下した。

 信じるとは聞こえが良いが、実情は揚月隊を見捨てるような動きである。

 

 その動きを具体的に言うと、援護すべき地上部隊を見捨てるようにしてサウロイドの基地の上空から離れ、彼らのMMECレールガン砲台の射線が通らない地平線の向こうに逃げてしまおうという挙動になる。

 宙対地(宇宙vs月面)の戦闘なので位置関係が分かりづらいが、もしこの二番艦の逃避にげが成功したのなら地上のサウロイドからするとに見えるだろう。

 地平線の下に二番艦が隠れるように見えるはずだ。


―――しかし。


「え、墜落コースしかないじゃない!?」

「はい、「離脱にげ」を達成するには墜落が必須条件です」

 艦載スーパーコンピュータのSALは冷静に応えた。

「月の重力を味方につけて墜落させてしまうのが、最速の離脱コースです」

 二番艦は外見は無傷だが(レールガンを受け止めた船首だけは傷だらけだ。ブルーダイヤモンドの瘡蓋かさぶたが幾本も走っている)その内側はボロボロだった。レールガンの衝撃で骨格フレームはひしゃげ、まともに航行する事ができない状態になっていたのだ。


 そうやってアニィが困惑していると、後ろの席でそれを聞いていたボーマンが代わりに返答した。

「よい!墜落でよい。大いに結構だ」

 司令のボーマンにそう言われたら、アニィは逆らえない。

 彼女は覚悟を決めるように唾を呑むとSALが提案した12の離脱経路(墜落経路)のうち、3番目のものを選んだ。離脱に要する時間は最速の経路より3秒長かったが、墜落地点の月面の地形が比較的良さそうだったからだ。

「SAL!コレでいくわよ…!フルブーストで」

「いいえ、アニィ」

 SALは苦笑してみせた。

「燃料を使い切らないと危険ですから、むしろフルブーストでなければいけません」

 合成音声のくせに、やけに上手な苦笑で応えたSALは艦体各所のブースターを起動させつつ、その間を埋めるようにを言った。

「スペースアドベンチャーへようこそ。これより本艦に月面への軟着陸を試みます。道中では回転運動により強烈なGがかかりますので、座席のベルトをしっかりしめてください」

 彼女のAIはきっと、つまらないジョークを言って乗組員を安心させるべき、という判断を下したのだろう。

  嫌なAIである。

「……よいですね?それでは好奇心と冒険の旅へ、行ってらっしゃい!」



 こうして二番艦デイビッドはサウロイド基地の上空を離脱した。

 骨格(フレーム)も制御系もやられ噴射方向も制御できないものだから推力ベクトルは乱れ、大まかには目標(戦闘空域からの離脱)方向に移動しているが、それ以外の余剰推力が艦体を ――SALが警告したように―― 回転させはじめていた。

 二番艦は、まるで‟ベイブレード”のように縦に自転しながら月に墜ちていく。サウロイドからみれば「バイバイキーン!」というような滑稽な墜落に見えただろう。


『星の舟、増速!』

『逃がすな!2番砲台、まだなのか!?』

 そんな星の舟(二番艦デイビッド)をサウロイド達は許さない。もとはといえば第二郭砲台群の砲兵達の敵討ちなのだ!

『充電完了!』

『続いて、捕捉完了!…あ、しかし!』

『しかしです!』

『かまうな、撃て!』


 バシュン!!

 12番砲台はしおれた向日葵のように首をうな垂れて、地平線に沈もうとする星の舟に向かってほぼ水平にレールガンを放った!

 レールガンは地表スレスレを猛進して、最期にはどうなったか分からない。「マイナス値だ」という発言の通り徐々に高度を下げて、しまいには地面に着弾したかもしれないし、それとも紙一重で地面には触れず、宇宙まで飛び出て目標を撃ち抜いたかもしれない。


 いずれにせよ――

 レールガンが発射され基地全体が、ズゥーン、と腹に響くように揺れたと思うと急に沈黙が広がった。

 榴弾をメチャメチャに撃ち込んできていた三番艦は真之の指示に従って防御姿勢(※)に移行したため、そちらの爆発の震動も無くなって、司令室は急に静かになってしまう。

 ※正面に船首シールドを向けつつも、慣性により二番艦を追うように西に滑っていてる。コチラは二番艦を追うようにして、あと二十秒ほどで地平線に沈もうとしていた。


 こういうとき、再始動には司令官の一言が必要だ。

 やる気の出ない日曜の午後に、ベッドで寝そべる我々の体を「さぁ!」と立ち上がらせる意志のようにレオは言った。

 司令官とは集団の意志の発火点なのである。

『さぁ砲兵は解散です』


 ――解散!?

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