第229話 エンカウンター(前編)

 じんるいの星の舟が地平線に沈もうと……いやとするところに最後のレールガンが放たれた。絶対に逃がさん、というサウロイドの意地の一撃である。


 発射の瞬間、砲台の射角はマイナス値であった。

 つまり放たれた長さ2m重さ35kgの鉄心はマッハ20で月の大地のスレスレをばく進していったわけだ。射角がマイナスなので高度(発射地点の砲台は3mほどの高さである)は徐々に下がっていくが同時に月の丸みもあるので、その行く末は「地面に当たる」か「宇宙空間に飛び出して星の舟を貫く」かは何とも微妙なところである。いずれにせよ――

 最後のレールガンが発射されてしまった後には司令室に沈黙だけが残った。



『さぁ、砲兵は解散です』

 そんな沈黙を破ったのは、やはり司令のレオだった。

『ザラ中佐と三名だけは司令室に残します。…あ、いや。もちろん司令室付きの管制官やオペレータもそのままです。そして他は――』

 全員が「他は?」の言葉を間抜けな顔で待つほかなかった。

。配置転換です』

 誰が言うわけでは無いが「配置転換って?」とどよめきが走った。だからレオはそれに応えるように補足を付け足した。そう、容赦のない補足を。

『A棟の各ゲートの守備に加わってもらいます。……敵の歩兵隊が来ますから』


――そう、 白兵戦である!


『残す三名の人選はザラ中佐にお任せします』

 レオは恭しくザラの肩を叩いた。

『はい。では……ウウ、ラオ、ユノの三人は残れ。それ以外は司令のおっしゃる通り戦闘配置だ』

 こうして司令室に集まった砲術士官16名のうち、12名は戦闘要員として駆り出される事になった。ある意味では敵の歩兵を放置したツケを自ら払うことになった形である。

 またレオの準備の良いことに、砲術士官達が席を後にして廊下に出るやそこには歩兵長が待っていて有無を言わさずに彼らに班分けを言い渡していった。まるで学徒出陣である。

 彼らは言われるがまま小走りに廊下を散りながら「いよいよ始まるぞ…!」「まさか俺が戦う事になるなんて…」「フレアボールの訓練はしたろ?」「しかし敵はいったいどんな姿なのだろう…!?」「エース大尉の報告だと自分達より小柄だと言うが…」と未知の生物との肉弾戦に向けて否応なく緊張を高めていた。

 が!

 事態はもっと早く進行していた。

 実はもう戦闘は始まっていたのである――それは‟1番砲台”のことであった。



 ――――――

 ―――――


 そう、あのとき。

 ‟敵の星の舟”こと二番艦デイビッドにトドメの一撃を放つハズだった1番砲台が突如にして沈黙した理由は故障などではなかったのだ。実はすでに別ルートに別れて進行した3名の揚月隊員が1のである。


「こちらM-3」

 明らかに戦闘慣れしていないサウロイド達の学徒出陣とは対照的に、容赦のない雰囲気を醸し出すノイズ混じりトランシーバーの声が響く。まるで旧劇場版のエヴァンゲリオンでNERVを急襲する戦略自衛隊のようである。

「敵の砲台らしき施設を制圧。反撃は認められず」

「了解」

 三人の別働隊(揚月隊では月降下棺チェンバーの乗員四人がそのまま小隊を作る仕組みなので本来は四人編成だが、うち一人はムーンリバー渓谷で機械恐竜に噛み殺された)のうちリーダーらしき男は、背後のを振り向きつつヘルメットの側頭みみを押さえながら通信した。

 建物は50cmほどの土台の上に巨大な「クワガタの頭部」を乗せたような形状だった。

 クワガタでいう角を除いた頭の部分は一辺が4mほどの公園の公衆トイレのようなシンプルな立方体で、その立方体の一面から8mほどの華奢な角が伸びていた。

 日本人の我々には「割り箸を横から刺した豆腐」と表現した方が分かり易いかもしれない。

「おそらくはこれがレールガン砲台」

「思ったよりずっと小さい…」

「ああ、地球から見つからないはずだ」

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