第230話 エンカウンター(後編)
「思ったより小さいが、おそらくはこれがレールガン…」
M-3小隊の隊長は制圧したサウロイドの
それは二階建ての交番のような素っ気ない立方体の建造物でありつつも、その立方体の一つの面からは文字通り長い二本のレールが宇宙に向かって伸びていて、そのアンバランスさが異彩を放っていた。レールの幅は可動式になっているようで、どこまで幅を広げる事が出来るかは分からないが、少なくとも現時点では僅か20cnほどの幅のままで砲台は死後硬直していた。
20cmというのが、直前に撃っていた通常弾を発射する際のレール幅なのだろう。
「
砲台の破壊された壁を潜って
「知らんな…。それより、油断するなよ」
ブラジル人のこの隊長が日本のアニメなど知るはずもなかった。
――――――
砲台には砲台のイデアがある。
それが砲台であるというのは宇宙中の知的生物が分かるだろうが、やはり未知の文明が作った建造物というのを目の当たりにすると不気味の谷に陥ってしまうものである。ドア、配管、壁、照明器具…すべてのオブジェクトの‟役割”は一目で分かるのだが、何かが少しずつ決定的に違うから気味が悪い。
――まぁ機械恐竜よりはマシだ
とはいえ、地獄のムーンリバー渓谷を突破してきた揚月隊の面々は、もうそれぐらいでは動揺しなかった。彼らはもう「未知の知的生物がいる」という事を頭だけでなく心で認めていたからだ。
彼らは動揺する事無く、プロフェッショナルとしてまるで地球での
さきほどの破壊されたドアから出てきた部下の一人は中の様子を説明した。
「建物の中は管制室になっているようです。やはり。
色々な例えが出てきて面白い。我々はそれを交番ぐらいだと言い、このドイツ出身の揚月隊員はアウトバーンの料金所ぐらいの広さだと説明した。
「そうか…」
小隊長は砲台の前の破壊されたドアの外に立ったまま「紫色に照らされた室内」を軽く一瞥しながら、ヘルメットの側頭部を押さえて通信機をアクティブにした。地球ならタバコでも取り出したいところだろう。
「こちらM-3。続報です。…あ、いえ。問題ありません、増援なし。私が外で警戒していましたが静かなものです。それで……建物内部は小型の管制室になっていました。ええ、はい。それで2名いました。駐在員といいますか管制官は2名です。ええ2名です」
小隊長はその通信機の向こうからの質問に、だんだんと苛立ち始めているようだった。きっとアドレナリン過多になっている彼は、少しでも早くこの場を離れ戦闘に戻りたかったのかもしれない。まさに合戦が始まるというこのときに、戦略的な役割を終えた後方の砲台を抑えるなどという閑職は戦士の恥じである、と言いたげだ。
そして、いよいよ彼の口調は荒くなった。
「あ!?敵…?敵ですか?」
彼の口調は「敵の検死など戦闘が終わってからでも良いだろう!」という忸怩たる響きがある。おそらく通信機の先は揚月隊の隊長のノリスであろうが、そんな事は関係なかった。彼は、やれやれ、とため息を吐くと
「さっきまで
先ほどのドイツ人の部下に通信を譲ってしまった。
「あ!?はい。こちらメルケル中尉です。私が説明しますと…えぇー、まぁ鳥人間ですね」
彼を初めとするM-3小隊の面々は ――ネッゲル青年を除けば―― 生者として初めてサウロイドと出会った人類だったはずだが、その驚き(知的好奇心)は生死をかける戦いの中では長続きはしなかったようだ。
いや。38ヶ月前に中国の月面着陸船が「死亡推定時期が7万年前という人骨」を月で発見した時から、世界はもう不思議な事に慣れっこになってしまっていたのだ。
「身長は2m(これはサウロイドの男としては小柄な方だ)ほどでした」
メルケル中尉は冷静に説明を続けた。おしゃべり好きなのだろう。
「インディアンを想像して下さればいい。あ、失礼。ネイティブアメリカンですね。……はい、だからストリートファイターのTホークですよ。あんな感じに頭や肩に羽根飾りがついている」
小隊長はメルケルの一風変わった説明に、やれやれ、と首を振りながらティファニー山を眺めていた。ティファニー山は地球から見えるほど巨大な「静かの海クレーター」の一部であるので、正確にはティファニー山を見るというよりは視界全体を津波のように灰色の山脈が覆っている状態である。
壮大な光景だが、ブラジル出身の彼からすれば大したことがないとも言える。地球と月では星の規模が違い過ぎるからだ。
そんな風に小隊長がつまらなそうにしている横では、メルケルが意味もなく身振り手振りをしながら報告通信を続けていた。
「……いえ、戦闘はしていません。壁の弱そうなところ…たぶん点検口かドアか何かをグレネードで破ったら彼らは即死してしまったんです。室内のため宇宙服を着ていなかったようですから」
――そう。そうだった。
――なんとも不用心なヤツらなんだ。体はでかいが大した事がない。
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