第295話 熱を見る(後編)
十字の形をした月面基地の中央、東西南北に4つの棟と繋がる大広間「ジャンクションホール」のガランとした空間に、たった一人ネッゲル青年が立ち尽くしていた。それは、敵基地のど真ん中で裸一貫の男が立っているというなんとも奇妙な光景である。
「はぁ…はぁ…」
彼は感覚を研ぎ澄ませる…!
サウロイドの爪でやられた右足からはダクダクと血が流れていたし、零下10度の中で全裸だったが、彼にとってはそんな事はどうでもよかった。今はそう力尽きる前に、この巨人の棺のような大広間で仲間のためにしてやれることを考えるだけだった。
「む…?」
そのときだ。彼の研ぎ澄まされた感覚は微かな熱の流れを感じとった。
――どこから…!?
彼は
つまり、問題のゲートは表面の鉄板自体が熱くなっているようだ。
もちろん彼は最初、そのゲートを隔てた向こうの部屋(彼は知らないがそこは東のB棟だ)が暖房されているからだと思ったが、その想像は近づくに従って見当違いだと分かってきた。
そして遂に彼は駆け出す。
「…ち、違うぞ!これは!」
走った勢いのままゲートの表面の分厚い鉄板に手を着いたが、それは暖炉の前に置き忘れられたブーツのような熱さになっていた。
この分厚い鉄のゲートがこんなに熱くなっているのは、暖房などそんなレベルでないはずだ!
「向こうで戦闘が起きている!」
ゲートの向こうで仲間が戦っているに違いない!
――このゲートを開けるぞ
彼は直感した。
もちろん同時に「果たしてゲートを開くことが仲間の助けになるのか」とも疑問したし「開けた瞬間、自分は死ぬかもしれない」とも考えはしたが、どのみち今は動くしかない!
彼がそう決めた瞬間ちょうど、悪い意味で背中を押すように後方では別のゲートに電力が入る音がした。さきほど自分が潜ったゲートが開こうとしているのである。
「止まるな。シュルツよ!」
彼は自分に檄を飛ばすと、まるで壁画の文字を調べる半狂乱の考古学者か、あるいはヤモリのように壁に張り付き撫でまわして、そのゲートを上げる方法を探して必死になった。「ラピュタ」のムスカ大佐のようである。そして――
「あ!これはゲートの
彼はゲートの脇の壁に埋め込み式になっている、液晶画面とちょっとしたキーボードのようなユニットに気づいた。
全然違う文明の機器なので、人間の彼には何か通信機のようにも見えたがともかく試してみるほかあるまい。彼はサウロイドの文字で書かれたそれを、もう殴るような勢いでメチャクチャに操作した。
「これか!?…違うか!ええい開け!開け!」
サウロイドの文字は表音文字なので、まったく想像がつかなかったのだ。
彼の背後では
ゴワァァ……!
いよいよゲートが開き出していた。床とゲートに隙間ができ、彼が捕らえられていた廊下(C棟の廊下だ)を照らす紫の
一方、彼の方でも動きがあった。
彼の気持ちが伝わったとかそういう運命的な事ではなく、単に試行回数の問題としてゲートの「上昇」の操作が入力できたようだった。結局どのボタンを押したのか分からなかったが、ともかく彼の方のゲートも「ゴワワァァ」と動き出してくれたのである。しかもこっちのゲートは既に充電されていたのか、すぐに動き出してくれて助かった。
しかし喜びもつかの間だ――!
「やったぞ! ぬわっ!?」
ゲートが開くや彼はまた足払いをされるように尻餅をついた。彼の体は掃除機に吸われる綿のように、床とゲートの隙間に吸い寄せられたのだ。
「やはり!ゲートの向こうは真空か!!?」
ネッゲル青年はいったん驚いたが、しかしここからの反応が常人とは違った。
「ふ…はははは!後は頼むぞ、戦友よ!」
何と笑っていたのである。
スプレーと同じく気圧が下がるに合わせて一気に室温が下がり、彼の右足の血は凍結し、大広間に
――――――
―――――
このようにしてネッゲル青年が開いたのは、まさにB棟を制圧した
逆にサウロイド勢力としては
このままではA棟に司令官のレオが取り残されてしまう――そんな大きな痛手である。
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