第296話 内から破られた城門

 サウロイド達にとって初めて見る哺乳類型知的生物ホモ・サピエンスとして囚われていたネッゲル青年は、運と勇気でその窮地から脱すると、そのままの勢いでというファインプレイに至った。


 彼が開いた重厚なその城門ゲートは、まさにB棟を制圧した揚月隊じんるいがさらに基地の中央に進撃しようとするのを堰き止めていたゲートであり、文字通りの戦略上のブレイクスルーとなったのである。


 なお、彼が「このゲートの外で戦闘が行われているのでは?」と勘づけたのはそのゲートが熱を帯びていたためであるが、その熱とは例のイトー中尉が鹵獲したフレアボールの砲撃によるものだった。

 多少の隕石にも耐える月面基地の外壁と同じ厚さ、実に15cmもの分厚い鉄のゲートの反対側からですら感じるほど熱を帯びていたのは、ゲートの目前で揚月隊とサウロイド達の激しい攻防戦がなされており、その戦いの中でゲートに向かってフレアボールが撃ち込まれていたからというワケだ。


 もちろんフレアボールはさすがの灼熱で、厚さ15cmの鉄壁をあと2,3発撃が同じ場所にヒットすれば貫通する……というところまで来ていたが、貫通できてもドロッと溶けた鉄が輪郭するバスケットボール大の穴が空くだけで、まだ突破するには至らなかったはずだ。つまりネッゲル青年の行動が無ければ、まだまだB棟での攻防が続いていた事になっただろう。自らが素っ裸で真空に放り出されるとしても内側からゲートを開ける事ができたときに彼が笑っていたのはそういう理由である。


 さて――

 では視点を反転し、ゲートの外側のB棟で戦っていた戦友達に移そう。


「なんだ!!?」

 ゴワァァ…!!

 が起きたとき、B棟で撃ち合いを演じていた両陣営は愕然とした。

「この微振動はなんだ!?」

 特にまだゲートの開放に気付いていない人類サピエンス陣営のソン中尉は、ゲートが発するゴワァァという震動だけを腰の辺りに感じると、リロードを早急に切り上げて塹壕の代わりである部屋から身を半分乗り出し、慌てて長い廊下の向こう(敵のテリトリー)に視線をやった。

 いやソン中尉だけではない。

 まるで火災警報器が鳴ったときのホテルの廊下のように、それぞれの部屋に隠れていた揚月隊の面々がニョキニョキと「モグラ叩き」を横にしたような形で半身を乗り出していく。

 そして彼らは、廊下の奥、例の分厚いゲートが、ゆっくりと昇り始めていたのを見たのである!


「「ゲートが開きはじめた!なぜだ!敵の増援か!?」

 モグラたちのほぼ一番前にいたソン中尉は、とっさに後列の仲間のために「最重要」と「前方注意」の2つのハンドサインを掲げると(次元跳躍孔ホールのせいで電波通信ができないためだ)続けざま、自分の胸の前だけで予め「撤退」の手の形を作りつつ、前方を凝視して暫し待った。

 本当に「撤退」するならそのサインを掲げればいいし、逆にチャンスなら「撤退」は「突撃」になるはずだ…。


 ドクン、ドクン…!

 動悸の高鳴りに合わせる通奏低音のようにグワァァとゲートが上がっていき、いよいよゲートと床の間に空間が生まれたそのときだった。


ビュワー―!!

 空気の塊のような暴風が吹き出し、ゲート付近を守っていたサウロイドの何人かをウォータースライダーのごとく押し流したのである!

 が、それだけではない!

「うわっ……くぅぅ」

 一瞬だけ顔を伏せたソン中尉がもう一度、前方に向き直るとちょうど、その濁流の中にが紛れ込んでいるのに気づいたのだった。

「ん!?」

 その何かとは、灰色で固そうな月面服をまとった恐竜人間達とは違う、だった。そう!フレアボールの撃ち合いでほとんど廃墟のようになっている月面の施設(B棟)にまるで似つかわしくない生々しい肌色の塊が吹っ飛んできたのである!


――なんだ!?

 あまりの出来事にソン中尉は‟見慣れた”はずのその物体の正体を、すぐには理解できなかった。すぐには出来なかったが……

「あ!に、人間だ!!」

 ハッと気付いた!

 英語では肉の事をフレッシュと言うが、まさにフレッシュ……それは生気に満ちあふれた肉の塊であったのだ!しかしソン中尉がそれを認識した時にはもう、その全裸の肉体は彼の目の前を突風に乗って吹っ飛び過ぎ去っていた!


――霜にまみれているが、生きている!!


「生きている!誰か受け止めろ!」

 ソン中尉はその肉体を目で追いつつ、バッと振り向きざまに叫んだ。外野手に願いを込めてライナーを見送った内野手のような動きである。

 真空だし次元跳躍孔ホールのせいで電波も使えないので叫んでも意味が無いことは分かっていたが、振り向けば、ブラックホールに吸い込まれるように、真っ直ぐな通路の彼方の暗黒まで吹っ飛んでいく生きた肉体なかまを放っておくほど冷徹ではいられない。

「誰か!!」

「まだ生きているぞ!誰か!」

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